エピソード89 帰りの電車
歌舞伎町、昨今なにかと世間を賑わせている街。
そんな場所で実際に経験したこと聞いたこと考えたこと
そんなことを織り交ぜたノンフィクション風ファンタジーです。
帰りの電車に乗った。
高崎のホームを離れていく時、
変な達成感みたいなものは何もなかった。
ただ、疲れだけが急に身体へ戻ってきた。
窓の外の景色がゆっくり流れていく。
行きはあんなに落ち着かなかったのに、
帰りは逆に何も考えられなかった。
頭の中は静かで、
その静かさだけが少し不気味だった。
まおに会えた。
店の外で、ちゃんと会った。
それなのに、何かを得た感じより、
取り返しのつかないことを一つ増やしてしまった感じのほうが強かった。
「もう勝手に来ないでね」
「私が勝手に店行くから」
「少しだけ嬉しかったから、いいけど」
あの言葉だけが、
電車の揺れに合わせて何度も頭の中に戻ってきた。
嬉しかった。
それだけ聞けば、救われる言葉のはずだった。
でも今の俺には、救いというより、
重さのほうが先に来る。嬉しかったならよかった、
では済まないことを、もう知ってしまっているからだ。
店の外では会わない。
好きになりすぎるから。
その線を引いていたまおが、
それでも今日、一時間だけ会った。
その事実を軽く受け取るのは、たぶん違う。
でも、重く受け取りすぎるのも、
きっと違うんだと思う。
難しかった。
ホストとしてなら、
もっと簡単なはずだった。
会いに来てくれた。
脈がある。
次につなげる。
本来なら、たぶんそういう整理の仕方をする。
でも今日は、それがどうしてもできなかった。
たぶん俺は、もうまおのことを客としてだけ見られなくなっている。
だからといって、
じゃあ何として見ているのかと聞かれても、
まだうまく言えない。
ただ、前みたいに軽く扱えないことだけははっきりしていた。
車窓に映る自分の顔は、
行きと同じく寝不足で、
でも少しだけ違って見えた。
群馬まで行ったくせに、
何かが解決したわけじゃない。
むしろ面倒なことは増えた気もする。
それでも、
行かなければよかったとは言い切れなかった。
まおが少しだけ嬉しかったと言ったこと。
本当に嫌だったら、
たぶん来なかっただろうこと。
そして最後に、
自分から「店行くから」と言ったこと。
その全部が、
帰りの電車の中で、
少しずつ遅れて効いてきていた。
神奈川へ近づくにつれて、
外の景色はまた見慣れたものに戻っていく。
群馬も神奈川も、
田舎の駅前はそんなに変わらないと思ったくせに、
さっきまでいた場所だけが妙に遠く感じた。
ほんの一時間前まで、
あの街でまおと向かい合っていた。
それがもう、
少し現実感のないことみたいに思える。
スマホを開く。
まおとのトーク画面は、
最後のやり取りのまま止まっていた。
何も送らない。
今日はもう、それでいい気がした。
勝手に来ないでね、
という言葉のあとで、
さらに何かを足すのは、
さすがに野暮だった。
ここで黙ることまで含めて、
たぶん今日は俺が守らないといけないんだと思った。
電車が大きく揺れる。
目を閉じると、
やっと少しだけ眠気がきた。
一睡もした感じのしなかった頭が、
今さらみたいに重くなる。
結局、何をしに群馬まで行ったのかは、
まだ自分でもうまく言えなかった。
謝りに行ったわけでもない。
告白しに行ったわけでもない。
救いに行ったつもりも、たぶんない。
ただ、会いたかった。
そしてその気持ちを、
一度ほんとうに形にしてしまった。
それだけで、
もう前と同じ場所には戻れない気がした。
帰りの電車は、
静かに夜のほうへ向かっていた。
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