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歌舞伎町が僕を食べる。  作者: 夜坂ネオン
ホスト前期

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89/101

エピソード88 私が勝手に店行くから

歌舞伎町、昨今なにかと世間を賑わせている街。


そんな場所で実際に経験したこと聞いたこと考えたこと


そんなことを織り交ぜたノンフィクション風ファンタジーです。


一時間は、思っていたよりずっと早く過ぎた。


何か特別なことを話したわけじゃない。


大事なことをちゃんと伝えられたわけでもない。


知ってしまったことに触れることも、結局できなかった。


ただ、まおが目の前にいて、

いつもみたいに雑な言い方をして、

時々だけ少しやわらかい顔をする。


その時間が、気づけばもう終わろうとしていた。


「そろそろ行くからね」


「うん」


「すっきりした?」


「え、あ……まあ」


「そう」


まおは短くそう言って、

鞄に手を伸ばした。


店の中じゃない場所で、

こうして向かい合っていた時間が終わる。


そのことに、少しだけ喉の奥が詰まる。


でも引き止める資格なんてないし、

引き止めたらたぶん、本当に嫌われる気がした。


「もう勝手に来ないでね」


「うん、ごめん」


「私が勝手に店行くから」


その言い方が、まおらしかった。


来るとも言わない。

でも、来ないとも言わない。


勝手に店行くから、

なんて、突き放してるみたいでいて、

ちゃんと次を残す言い方だった。


「うん」


「……少しだけ嬉しかったから、いいけど」


そう言って、まおは席を立った。


その一言だけで、今日ここまで来たことが、

全部間違いだったとも言い切れなくなるのが苦しかった。


嬉しかった。


たったそれだけの言葉なのに、

俺の中では思っていたよりずっと重かった。


店の外では会わないと何度も線を引いてきたまおが、

それでも少しだけ嬉しかったと言う。


その意味を、軽く受け取っていいはずがなかった。


「じゃあね」


「うん、仕事がんばって」


「奏楽もね」


「俺は今日休み」


「そういうことじゃない」


最後まで、少しだけ呆れたみたいに言って、

まおは歩き出した。


黒い服の背中が、

夕方の駅前の人混みに混ざっていく。


歌舞伎町で見送る時より、

ずっと普通の場所のはずなのに、

その背中はなぜかあの店で見る時より遠く感じた。


追いかけようとは思わなかった。


思えなかった、のほうが近いかもしれない。


ここで立ち上がったら、

本当にまおが守ってきた線を全部壊してしまう気がした。


今日ここまで来てしまった時点で、

もう十分踏み越えている。


それでも、これ以上はだめだと、

やっと自分でもわかった。


だから俺は、

まおが見えなくなるまで、

ただ座ったままでいた。


少しだけ嬉しかった。


その言葉だけが、ずっと胸の奥に残っていた。


嬉しかったならよかった、

なんて簡単な話じゃない。


むしろ、その嬉しさの裏にあるものを知ってしまったからこそ、

前よりずっと重い。


でも同時に、

まおが何も思っていないわけじゃなかったと知ってしまったことも、

もう取り消せなかった。


カップの底に少しだけ残ったミルクティーは、

もうぬるくなっていた。


俺はそれを飲みきる気にもなれず、

しばらく空になりかけた席を見ていた。


たぶん今日ここで会ったことは、

いいことだったのか悪いことだったのか、

まだわからない。


ただひとつだけ言えるのは、

もう次に店でまおが来た時、

何もなかったみたいな顔では会えないということだった。

よんでいただきありがとうございます。

感想、評価、レビュー思ったままにお願いします。

いただいた方にはお返ししに行きます。

ブックマークしていただけるよう謹んでまいります。

今後とも長いおつきあいをよろしくお願いします。

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