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歌舞伎町が僕を食べる。  作者: 夜坂ネオン
ホスト前期

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エピソード87 店の外

歌舞伎町、昨今なにかと世間を賑わせている街。


そんな場所で実際に経験したこと聞いたこと考えたこと


そんなことを織り交ぜたノンフィクション風ファンタジーです。


「きてくれてありがとう」


「え、なんなのまじで」


「いや、会いたくて」


言ってから、自分でも終わってると思った。


もっとましな言い方があったはずなのに、

口から出たのはそれだった。


まおは一瞬、

ほんとうに一瞬だけ言葉をなくしたみたいな顔をして、

それから眉をしかめた。


「きも」


「うん」


「認めるんだ」


「逆だったらそう思う」


まおは呆れたみたいに息を吐いて、

でも帰ろうとはしなかった。


黒いバッグを肩にかけたまま、

店の中をちらっと見てから、

ゆっくり俺の向かいに座る。


それだけで、胸の奥が少し痛くなった。


本当に来たんだ、と思った。


店の外では会わないって、

あれだけ言っていたのに。


それを破らせたのが俺だと思うと、

嬉しいより先に後ろめたさが来る。


「で、何」


「え?」


「会いたくては聞いた。そのあと」


「……それが、まだうまくまとまってない」


「最悪じゃん」


その言い方に、少しだけ救われる。


まおはいつも通りみたいな顔をしていた。


でも、たぶんいつも通りではなかった。


こっちもそうだし、

たぶん向こうもそうだ。


「ごめん」


「何に対して?」


「いろいろ」


まおは少し黙って、

それからテーブルに視線を落とした。


「ほんとに、そういうとこだよね」


「そういうとこって?」


「自分だけぐちゃぐちゃになって、来ちゃうとこ」


何も言い返せなかった。


その通りだったからだ。


「まおが嫌がるってわかってた」


「じゃあなんで来たの」


「……まてなかった」


その一言だけは、言い訳じゃなく出た。


店で次に会うまで、

何も知らなかったみたいな顔をして待つことが、

どうしてもできなかった。


何を知ってしまったのかは言えない。


でも、それを抱えたまま、

また店の中で軽口を叩く自分が想像できなかった。


まおは小さく息を吐いた。


「ずるい」


「なにが」


「そういうふうに言えばいいと思ってるとこ」


「思ってないよ」


「思ってる。だって、ちょっとだけ嬉しくなるじゃん」


その声は小さかった。


俺は顔を上げる。


まおはこっちを見ていなかった。


窓の外を見たまま、

グラスの水滴を指でなぞっている。


「だから嫌だったのに」


「……ごめん」


「謝られるともっとむかつく」


「じゃあどうすればいい」


「知らないよ、そんなの」


その言葉のあと、

ふたりの間に少しだけ沈黙が落ちた。


駅前を歩く人の影がガラスに映って、

夕方の光が少しずつ薄くなっていく。


歌舞伎町じゃない場所で、まおと向かい合ってる。


それだけで、全部がもう昨日までと違っていた。


「でも、一時間だけだからね」


まおがそう言って、やっとこっちを見た。


「一時間だけ」


「うん。それ以上いたら、ほんとに帰る」


「わかった」


たぶん今の俺に許されたのは、

それだけだった。


それでも十分だと思った。


店の外では会わないと言っていたまおが、

こうして向かいに座っている。


その一時間を、何に使うのか。


うまく話せる自信なんてなかった。


でも、少なくとももう、

何も知らないふりだけはしなくていい気がした。


「群馬、いいとこだね」


「なに? おかしくなっちゃったの?」


まおは本気で呆れたみたいな顔をした。


その反応が、少しだけありがたかった。


変に深刻な空気にされるより、

そうやっていつもみたいに雑に返されたほうが、

まだ呼吸ができる。


「いや、ほんとに。駅前だけちょっと整ってて、ちょっと行くと普通の街で」


「ディスってる?」


「褒めてる」


「下手すぎ」


そう言って、

まおはようやく少しだけ肩の力を抜いた。


店で見る時と同じ黒い服なのに、

ここで向かい合っているとまるで違って見える。


ネオンの下じゃないだけで、

こんなに別人みたいになるのかと思った。


まおは相変わらず口が悪くて、

でもそれを言う声は、店の中より少しだけ低かった。


「でも、神奈川もこんなもんじゃないの」


「まあね。田舎の駅前なんてだいたい似てる」


「じゃあ、わざわざ感動したみたいに言うなよ」


「感動っていうか、まおがこういうとこにいるんだなって思って」


「なにそれ。きも」


「うん、知ってる」


またその一言で済ませると、

まおは一瞬だけ言い返そうとして、

やめたみたいにミルクティーのカップへ視線を落とした。


「ほんと、なんなんだろ」


「俺もわかってない」


「わかってないで来たの?」


「来た」


「最悪」


まおはそう言ったけど、

席を立ちはしなかった。


その事実だけで、

もう十分すぎるくらいだった。


「仕事、どんな感じだったの」


「普通。落ちた髪片付けたり、タオル畳んだり」


「美容師なりたいの?」


「別に。髪色とかピアス自由だったから」


「髪黒じゃん」


「今はね。前は青とか金だったの」


「イメージわかないな」


「うざ」


でも、その「うざ」は少しだけやわらかかった。


俺はその顔を見ながら、

知ってしまったことには触れないまま、

でも何も知らないふりもしないように言葉を選んでいた。


たぶん今のまおに必要なのは、

暴くことでも、慰めることでもない。


こうして、ただ目の前にいることなんだと思った。


「この後は?」


「仕事」


「なんの」


「ラウンジ」


「へー……」


「なに?」


「調子どう」


「客がきもい」


「そうか」


「人気?」


「圧倒的最下位」


「なんで? 顔はいいのに」


「顔は???」


「あー、中身もね、はいはい」


「まあいいや。私が連絡先も教えないから、

 指名もされないし売上も立てない」


「なんで?」


「きもいから。時給だけでいい」


「時給泥棒だ」


「そう。なにか問題でも?」


「ううん」


そう言って、まおはストローを噛んだ。


店の中では見たことのない仕草だった。


たぶん俺は、昨日までならその意味を深く考えなかったと思う。


ただ気分屋で、ちょっと面倒で、

でもかわいい子だと思っていた。


でも今は、そのちょっとした仕草まで、

前より重く見えてしまう。


店の中で見るまおは、

いつも自分で線を引いていた。


ここまで、っていう距離を、

雑な言葉と態度でちゃんと守っていた。


だけど今、昼の終わりみたいな光の中で向かい合っているまおは、

同じように見えて、たぶん少しだけ違っていた。


ラウンジで働いてることも、

客をきもいと切り捨てることも、

連絡先を渡さないことも、

全部さらっと言う。


そのくせ、その裏でどれだけ削ってるのかは、

本人はたぶん口にしない。


俺だけが知ってしまったことがある。


でも、知ってると言えない。


その距離のまま向かい合っているのが、妙に苦しかった。

よんでいただきありがとうございます。

感想、評価、レビュー思ったままにお願いします。

いただいた方にはお返ししに行きます。

ブックマークしていただけるよう謹んでまいります。

今後とも長いおつきあいをよろしくお願いします。

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