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歌舞伎町が僕を食べる。  作者: 夜坂ネオン
ホスト前期

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エピソード72 リシャール

歌舞伎町、昨今なにかと世間を賑わせている街。


そんな場所で実際に経験したこと聞いたこと考えたこと


そんなことを織り交ぜたノンフィクション風ファンタジーです。


 ヘルプも回る。


今日は初回にはほとんど入れなかった。


締め日だからだ。


フリーを回して空気を作るより、

すでに来ている姫たちの卓をどう回すかのほうが、

今日はずっと重い。


店の中を歩いているだけで、

それがわかる。


誰がどの卓にどれだけ時間を使うのか。


どこで空気を切らさないか。


普段より、

ひとつひとつの判断に数字がぶら下がっているみたいだった。


春さんの姫の席についた。


座った瞬間にわかった。


この子は、きっと今日、三桁は使う。


そう思わせる空気が、

もう最初からあった。


見た目が派手とか、

ブランドを身につけているとか、

そういう単純な話じゃない。


卓に流れている温度みたいなものが、

もう違っていた。


無理して背伸びしている感じじゃなく、

使う側の余裕が最初からそこにある。


春さんもいつも通りみたいな顔をしていたけど、

たぶん内側ではちゃんとわかっているんだと思う。


こういう席に着くと、

自分がまだ見えていない世界の輪郭だけが、少し触れてくる。


春さんが言った。


「奏楽、リシャールって飲んだことある?」


この店で一番高いブランデーだ。


「飲んだことないですよ。そんな高級なもの」


そう返すと、春さんは少し笑った。


「飲んでみる?」


「え、いいんですか?」


「誰にでも出してるわけじゃないんだけど、

奏楽ならいいかなって。最近頑張ってるし、ね?」


そう言って、

春さんは自分の姫のほうを見た。


姫は小さく、

でも迷いなく頷いた。


「ありがとうございます」


思わずそう返しながらも、

少しだけ現実感がなかった。


まさか自分が、

リシャールを飲む機会なんて来るとは思っていなかった。


春さんはボーイを呼んで、

リシャールを出してもらうように言った。


数分後、足のついた丸テーブルが二台運ばれてきた。


その上には、リシャールをはじめ、

ルイ十三世みたいな高級ブランデーが並んでいた。


琥珀色の瓶が照明を受けて鈍く光っていて、

それだけで卓の空気が変わる。


その二台のテーブルだけで、

おそらく外車が買える。


笑えるくらい、現実離れした金額だった。


これがナンバーワンの卓なんだと思った。


春さんと姫のあいだに積み上がってきた時間とか、

信頼とか、そういうものが、

目に見える形でそこに置かれているように見えた。


高い酒が並んでいるんじゃない。


その卓にたどり着くまでの歴史ごと、

そこに鎮座している感じがした。


ついこの前まで、

締め日の空気に飲まれているだけだったのに、

今はこうして、上の卓の景色を少しだけ見せてもらっている。


もちろん、自分の力でそこに立っているわけじゃない。


春さんの卓で、

春さんの姫の金で、

少し味見させてもらうだけだ。


それでも、こういう一口には酒以上の意味がある気がした。


高い酒の味を知ることより、

この世界には本当にこういう卓があって、

本当にこういう金の流れ方をしているんだと、

身体で知ることのほうがずっと大きかった。


グラスの中の琥珀色を見ながら、少しだけ緊張する。


たぶんこれは、ただ高い酒を飲む緊張じゃない。


まだ自分には遠い場所の空気に、

一瞬だけ触れさせてもらう緊張だった。


口に入れた瞬間、最初に浮かんだのは、

おいしいとか、おいしくないとか、そういう感想じゃなかった。


これを姫と飲める階層に、自分も行きたい。


その気持ちだけが、

まっすぐ胸の奥へ落ちていった。


「春さん……待っててくださいね。今度は僕の卓でご馳走しますから」


言いながら、

自分でも少し青かったと思う。


でも、こういう卓を見せられたあとで、

何も感じないふりなんてできなかった。


悔しいとか、羨ましいとか、そういう言葉でも足りない。ただ、今までぼんやりしていた目標に、急にはっきりした顔がついた気がした。


その琥珀色の一口は、酒の味より先に、まだ遠い未来の輪郭だけをはっきり見せてきた。

よんでいただきありがとうございます。

感想、評価、レビュー思ったままにお願いします。

いただいた方にはお返ししに行きます。

ブックマークしていただけるよう謹んでまいります。

今後とも長いおつきあいをよろしくお願いします。

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