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歌舞伎町が僕を食べる。  作者: 夜坂ネオン
ホスト前期

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104/108

エピソード102 しんどい時もある

歌舞伎町、昨今なにかと世間を賑わせている街。


そんな場所で実際に経験したこと聞いたこと考えたこと


そんなことを織り交ぜたノンフィクション風ファンタジーです。


昼すぎに、ららから電話があった。


画面に名前が出た瞬間、少しだけ胸が跳ねた。


ららが茨城に行ってから、数日が経っている。


原宿で指輪を買って、

シャツを買って、

新宿駅で見送った時のことは、

まだそんなに前のことじゃない。


けれど、ららはもう向こうで新しい生活を始めていた。


電話越しの声は、

少し眠そうだった。


「もしもし」


『おはよ』


「おはよ。今起きたの?」


『うん。やっと起きた』


「大丈夫?」


『なにが?』


「いや、向こうの生活とか」


そう聞くと、電話の向こうで少しだけ間が空いた。


『まあ、なんとか』


その短い返事だけで、

うまくいっているわけでも、

完全に崩れているわけでもないことがなんとなくわかった。


俺は煙草の灰を落としながら、

何を言えばいいのかわからなくなる。


頑張って、は違う気がした。


無理しないで、

も軽い気がした。


でも、何も言わないのも違う。


言葉を探していると、

ららが先に笑った。


『そんな黙んなくていいよ』


「いや、なんて言えばいいのかわからなくて」


『奏楽らしい』


「そうかな」


『うん。変にちゃんと考えて黙るとこ』


その言い方が、少しだけ嬉しくて、少しだけ苦しかった。


「しんどくない?」


聞いてから、

少し踏み込みすぎたかもしれないと思った。


でも、ららは逃げなかった。


『しんどい時もあるよ』


その声は、思っていたより素直だった。


『でも、ちゃんと大丈夫にしてる』


「大丈夫にしてるってなに」


『指輪見たり、奏楽に買ったシャツ思い出したり』


「シャツ?」


『うん。奏楽が私の買ったシャツ着て店に立ってるって思えるの、けっこう強い』


その言葉に、胸の奥が少し重くなる。


「今日着るよ」


『ほんと?』


「うん。今日は、初回指名来るから」


言ったあと、少しだけしまったと思った。


別に隠すことじゃない。


でも、茨城で新しい仕事に慣れようとしているららに、

他の姫の初来店の話をするのは、少し無神経だったかもしれない。


電話の向こうで、ららは少し黙った。


それから、いつも通りの声で言った。


『そっか。初めて来る子なんだ』


「うん」


『じゃあ、ちゃんと優しくしてあげなよ』


「嫉妬しないの?」


『するよ』


即答だった。


『でも、奏楽が売れるために必要なら、それは別』


その言葉が、また重かった。


ららはたぶん、全部を我慢しているわけじゃない。


嫉妬もある。


不安もある。


それでも、自分で決めた役割のほうを先に置こうとしている。


その強さが、たまに怖い。


「らら」


『ん?』


「今日、終わったら電話して」


『営業終わり?』


「うん。嫌じゃなかったら」


『嫌なわけないじゃん』


少しだけ笑った声がした。


『じゃあ、そっち終わったら教えて。私も出れる時に出る』


「わかった」


『あと、シャツの写真送って』


「出勤前に?」


『うん。着たところ見たい』


「彼女っぽいね」


『彼女だからね』


その言葉に、少しだけ息が止まる。


彼女。


数日経っても、その言葉にはまだ慣れなかった。


「そうだね」


『なにその返し。照れてる?』


「照れてない」


『嘘』


ららは笑った。


その笑い声は、いつものららだった。


でも通話を切ったあとに残るものは、いつもよりずっと重い。


『じゃあ、またあとでね』


「うん。無理しないで」


『奏楽もね。ちゃんと楽しませてあげて』


「うん」


電話が切れた。


部屋がまた静かになる。


スマホを置いて、

俺はしばらくそのまま動けなかった。


今日は、るなが初めて店に来る日だ。


本当なら、そのことだけで朝から少し浮き足立っていた。


でも今は、ららの「しんどい時もあるよ」という声が、部屋の中に残っている気がした。


それでも出勤は来る。


ららが知らない街で自分の決めた仕事を続けているように、

俺もこの重さを抱えたまま店へ向かう。


ホストの一日は、

誰かの覚悟で止まったりしない。


むしろ、その覚悟を背負ったまま、

別の誰かを笑わせに行かなければならない。


俺は煙草に火をつけて、深く吸った。


今日は、ららがくれたシャツを着て、るなを迎える。

よんでいただきありがとうございます。

感想、評価、レビュー思ったままにお願いします。

いただいた方にはお返ししに行きます。

ブックマークしていただけるよう謹んでまいります。

今後とも長いおつきあいをよろしくお願いします。

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