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歌舞伎町が僕を食べる。  作者: 夜坂ネオン
ホスト前期

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エピソード101 遠回り

歌舞伎町、昨今なにかと世間を賑わせている街。


そんな場所で実際に経験したこと聞いたこと考えたこと


そんなことを織り交ぜたノンフィクション風ファンタジーです。


麗は最後に、さらっと会計を払った。


「え、俺も出すよ」


そう言うより早く、

麗は財布をしまっていた。


「いいですよ。今日は俺が誘ったんで」

「いや、普通に悪いって」

「こういうのは、売れてる先輩にしてもらったら、次に後輩にやればいいんです」


麗はそう言って、少しだけ笑った。


その言い方が、妙に自然だった。


奢ってやってる、という感じでもない。

先輩風を吹かせている感じでもない。


ただ、そういうものを自分も誰かから受け取ってきたから、

今度は自分が渡しているだけ、みたいな顔だった。


「ごちそうさま」

「はい。来月、百超えたらまた行きましょう」

「それ、奢られる条件?」

「いや、次は奏楽さんが出してもいいですよ」

「急に現実的だな」

「ホストなんで」


そう言って麗は笑った。


店を出ると、歌舞伎町の朝の空気が戻ってきた。


個室の中で少しだけ軽くなった気持ちも、

外に出た瞬間、また夜の匂いに触れる。


酔った人間の声、タクシーの列、

朝なのにまだ終わっていない街。


麗は「じゃあ、お疲れ様です」と言って、

何事もなかったみたいに帰っていった。


その背中を見送りながら、俺は少しだけ思った。


あの人も、五年以上この街に食われながら、

まだちゃんと立っている。


売れた月も、落ちた月も、姫が飛んだ月も、

暴力があった時代も越えて、それでも今、

後輩に焼肉を奢って、

来月百超えましょうなんて軽く言う。


その軽さの裏に、どれだけの夜があるのかはわからない。


でも、少なくとも今の俺には、

その軽さが少しだけ眩しかった。


指には、ららと買ったリングがある。

頭には、まおの一時間が残っている。

リコピンの冗談も、エマの遅れた笑顔も、まだどこかにある。


全部消えたわけじゃない。


でも、麗と話したことで、

その全部を抱えたままでも進んでいいのかもしれないと思えた。


ひとりで背負いきれないなら、

背負い方を覚えればいい。


この街で生きている人間は、

たぶんみんなそうやって少しずつ、

自分なりの持ち方を覚えていく。


俺は煙草に火をつけて、朝方の歌舞伎町を見た。


来月、百を超える。


麗がさらっと言ったその数字が、

今の俺には少しだけ現実味を持って聞こえていた。


少しだけ遠回りして、駅まで歩いた。


まっすぐ帰るには、

まだ頭の中が少しうるさかった。


麗と話したこと。

来月、百を超えましょうと言われたこと。


ららの指輪。

まおの一時間。

リコピンの冗談。

エマの遅れて笑う顔。


全部が別々の場所から、少しずつ胸の中に残っている。

それでも、焼肉屋を出る前よりは少し楽だった。


答えが出たわけじゃない。

何かが解決したわけでもない。


でも、全部を今すぐきれいに整理しなくてもいいのかもしれないと思えた。

歌舞伎町の朝方は、いつも少しだけ汚い。


夜の残りみたいな匂いがして、

酔いつぶれた人間がいて、

帰る人とこれからどこかへ行く人が、

同じ道をすれ違っている。


その中を歩きながら、俺はまた煙草に火をつけた。

来月、百。


たった八万ちょっと上げればいい数字にも見える。


でも、その八万が簡単じゃないことも、もうわかっている。

誰かに無理をさせれば届くかもしれない。


でも、それを雑にやったら、きっと何かが壊れる。


麗が言っていた。


待つのも営業。


雑に扱わないことが大事。

その言葉を、何度か頭の中で繰り返した。


駅に着いても、

すぐには改札を通らなかった。


コンビニに寄って、水を買って、

特に意味もなく駅前を少し歩いた。


時間をつぶしているというより、

身体の中に残った夜を少しずつ冷ましている感じだった。


家に帰れば、寝るだけだ。


でも、寝て起きたらまた連絡を返して、

予定を作って、店に立つ。


それがもう、自分の生活になっている。

少し前まで、人生のレールが外れたと思っていた。


でも今は、外れた先にもまた別のレールがあって、

その上をどうにか走っている気がした。


どこへ向かっているのかは、まだわからない。


ただ、止まる気はなかった。


しばらくして、俺は改札を通った。


電車に揺られながら、

ららが買ってくれたシャツの紙袋を膝の上に置く。


指輪が、朝の光を少しだけ拾っていた。


家に着く頃には、空はもう完全に明るくなっていた。

玄関を開けて、靴を脱ぐ。


身体は疲れているのに、

頭だけはまだ少し起きている。


それでも布団に倒れ込むと、

今度はすぐに眠気が来た。


眠る直前、麗の声がもう一度だけ浮かんだ。


来月、百超えましょう。


その数字を抱えたまま、俺はようやく眠った。

よんでいただきありがとうございます。

感想、評価、レビュー思ったままにお願いします。

いただいた方にはお返ししに行きます。

ブックマークしていただけるよう謹んでまいります。

今後とも長いおつきあいをよろしくお願いします。

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