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歌舞伎町が僕を食べる。  作者: 夜坂ネオン
ホスト前期

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エピソード99 ホストになったつもり

歌舞伎町、昨今なにかと世間を賑わせている街。


そんな場所で実際に経験したこと聞いたこと考えたこと


そんなことを織り交ぜたノンフィクション風ファンタジーです。


リコピンの席に戻ると、

当たり前のようにテキーラが出てきた。


「おかえりテキーラ」


「ただいまの扱い重すぎない?」


「軽い軽い。今日は一本じゃないし」


「基準が終わってる」


そう言いながら、

結局グラスを受け取る。


リコピンはいつも通りだった。


新しいシャツを褒めて、

女の匂いがすると冗談を言って、

初回に行く俺を「浮気してきな」と送り出して、

戻ってきたら何事もなかったみたいにテキーラを出す。


その安定感が、今日はやけにありがたかった。


初回の二人は送りなしで帰った。


エマの少し遅れて笑う顔だけが、

なぜか頭の片隅に残っている。


でも、今夜の数字としては何も残っていない。


ホストの世界では、

印象に残ることと結果が出ることは、

必ずしも同じじゃない。


リコピンはそんなことを知ってか知らずか、

いつも通り俺を飲ませて、いつも通り笑っていた。


「今日、なんか考えごとしてる?」


「してないよ」


「嘘くさ」


「リコピン、最近鋭すぎない?」


「前から鋭いし」


そう言って、

リコピンは得意そうに笑った。


その笑顔に、また少しだけ救われる。


ららが買ってくれたシャツを着て、

ららとの指輪をつけたまま、

リコピンの席でテキーラを飲んでいる。


その現実は、

どう考えてもきれいじゃなかった。


でも、きれいじゃないから嘘かと言われると、

それも違う気がした。


リコピンとの時間も、

ちゃんと本物だった。


少なくとも、

今この席に座っている俺にとっては。


営業はそのまま大きな波もなく終わった。


今日来てくれたのは、

結局リコピンだけだった。


初回も何卓かついたけれど、

すぐに次へ繋がるような手応えはなかった。


それでも、

リコピンがいてくれたおかげで、

今日の夜はちゃんと成立した。


閉店後、

グラスを片付けながら、

俺は足元に置いた紙袋をちらっと見た。


ららに買ってもらったシャツ。


指には、同じく今日買ったリング。


頭の片隅には、

まおと高崎で会った一時間。


そして今夜の最後には、

リコピンのテキーラ。


全部が別々の顔をしているのに、

全部が同じ一日の中にある。


そんな一日を、

俺はもう普通みたいに過ごしていた。


ホストになったつもりでいた。


でも、まだホストじゃないのかもしれない。


それでも、

ホストじゃないままではいられないところまで、

もう来てしまっていた。


片付けをしていると、

麗が声をかけてきた。


「奏楽さん、この後予定あります? 飯行きません?」


少し意外だった。


麗からそういうふうに誘われることは、

まだあまりなかったからだ。


「予定はないけど、急にどうしたの」


「いや、たまにはちゃんと話したいなと思って」


「なにそれ、怖いな」


「怖くないですよ。普通に飯です」


麗はそう言って笑った。


その笑い方はいつも通り軽かったけど、

どこか少しだけ真面目なものが混ざっている気がした。


今日はリコピンだけだった。


初回もあったけど、

送りなしで終わった。


それでも数字としては何も残っていない。


頭の中にいろんなものが残りすぎていて、

正直ひとりで帰るのも少し嫌だった。


「いいよ。行こう」


そう返すと、麗は少し嬉しそうに頷いた。


「じゃあ、軽く食べましょう。歌舞伎の中でいいですか?」


「うん。なんでもいい」


「なんでもいいが一番困るんですよ」


「じゃあ、麗のおすすめで」


「了解です」


店を出ると、

外の空気はもう朝に近かった。


営業中の熱が身体に残っているせいか、

外の空気が少しだけ冷たく感じる。


歌舞伎町の朝方は、

夜が終わったというより、

夜の残骸だけがまだ道に残っているような顔をしていた。


酔った人間。

仕事終わりのホスト。

客引き。

タクシーを待つ女の子。


みんなそれぞれ別の夜を終えて、

同じ朝の中に流れていく。


麗と並んで歩きながら、

俺は少しだけ変な気分だった。


この人は、

俺をこの店に連れてきた側の人間だ。


最初の頃、何もわからなかった俺に、

夜の世界の入口を見せてくれた人。


掃除のことも、

ヘルプのことも、

卓での立ち方も、

最初は麗の背中を見て覚えた。


その麗と、今は営業後に飯へ向かっている。


たった二か月なのに、

少しだけ立っている場所が変わった気がした。


「奏楽さん、最近ちょっと変わりましたよね」


歩きながら、麗がふいに言った。


「そう?」


「はい。前より、ちゃんとホストっぽい顔してます」


「それ褒めてる?」


「褒めてますよ」


「まだホストじゃないかもしれないって思ってたとこなんだけど」


「え、なんすかそれ。詩人ですか」


麗が笑う。


俺も少し笑った。


でも、冗談で返しながらも、

その言葉は自分の中でまだ残っていた。


俺はまだホストじゃないのかもしれない。


でも、ホストじゃないままではいられないところまで来ている。


その中途半端な場所にいることを、

麗は見抜いているのかもしれなかった。


「飯食いながら、ちょっと話しましょう」


「説教?」


「違いますよ。先輩っぽいこと、たまにはしようかなって」


そう言って、麗は少しだけ得意そうに笑った。

よんでいただきありがとうございます。

感想、評価、レビュー思ったままにお願いします。

いただいた方にはお返ししに行きます。

ブックマークしていただけるよう謹んでまいります。

今後とも長いおつきあいをよろしくお願いします。

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