第6話 卓球部乱入
翌朝。一人身を隠し、いつも孤独で臆病になっていた咲良の心は、
なぜかほんの少しだけ心が軽やかだった。
(昨日のお礼……どのタイミングで言おうかな)
朝のホームルーム前、チラリと後ろの席に視線を送る。
そこには、学ランの第一ボタンをキッチリと留め、腕組みをしたまま微動だにせず爆睡しているハゲ頭――竜崎リオの姿があった。
となりのヴァイスが話しかけている。
「竜崎くん。ホームルームが始まりますよ!」
「……フフ。かまわん。これは高度の睡眠擬態。タッチはこうして周りを心配させて南ちゃんの女性本能をくすぐっていたのだ……」
チラッとリオが咲良の方を見る。
咲良はなぜか背筋が凍る思いがしたが、早朝の爽やかな日差しを反射してピカピカと輝くその頭頂部を見ていると、夕闇の路地裏で聞いたあの言葉が思い出される。
――『誰の人生も、誰の心も、他人が縛って良いものではないわ』
(つるっぱげのくせに……)
ボソリと心の中で呟き、咲良は慌てて顔を横に向けた。
授業中も時折リオの方を見そうになる自分を抑え、決意を固める。
(休み時間に話しかけるのは、周りの目が気になるな……どうしよう)
しかし決心がつかぬまま放課後を迎えた。
卓球部の部室から台を引っ張り出し、ネットを張る。
キュッ、キュッとシューズの擦れる音が響く体育館は、
咲良にとって萬天会の脅威や孤独を忘れられる唯一の居場所だった。
「よし、みんな集まってくれー!」
顧問の教師が手を叩いて部員たちを呼び寄せる。
「実は今日から、我が卓球部に待望の新入部員が二人も入ることになった!途中の入部は大歓迎だ! 入ってこーい!」
ガラガラガラッ!
重々しい音を立てて体育館の大型スライドドアが開け放たれた。
「……え?」
咲良は目を疑った。
差し込む強烈な西日をバックに、背後に謎のオーラ(※龍気)を背負って立っていたのは、
卓球のユニフォームに着替え、光り輝く頭をしたリオだった。
威厳を放つ頭部の一歩後ろには、同じく卓球のユニフォームを着たヴァイスが、
うやうやしく佇んでいる。
「ふっ……来たぞ、我が愛しの乙女が汗を流す熱血の聖地へ」
リオは存在もしない前髪をサラリとかきあげる仕草をしてみせた。夕日に照らされたハゲ頭が、眩しいほどに乱反射する。
「な、なんであんたたちが!?」
咲良は思わず声を張り上げた。
「なぜかと問われれば、答えるのが世の常。我が心に芽生えたこの熱き衝動――青春という名のラリーを刻むためだ」
「意味がわからないわよ!そもそもあんた卓球なんてできるの!?」
「侮ってくれるな咲良よ。スポーツ漫画の金字塔はあだち充だけではない。我が魂のバイブルには『ピンポン』も刻まれている。
我は卓球王を目指すことにしたのだ。カッチブーであろう?」
「卓球王?カッチブーっ??」
咲良の疑問を涼しい顔で受け流し、リオはヴァイスへと手を差し出した。
「小竜崎くん、例の『法具』を」
「御意にございます」
ヴァイスがうやうやしく掲げたのは、黒塗りラッカーで高級感漂う漆黒のアタッシュケース。
カチリ、とロックを解除して開けると、そこには絹の布に包まれた一本の卓球ラケットが鎮座していた。
「我が竜の爪を模して鍛え上げさせし特注品……いくぞ」
リオはラケットを握り締めると、ラバーの感触を確かめるようにバタフライのサーブ構えを取った。
「おー新入部員、気合い入ってるね! よーし君の実力がどの程度か見てみるから、竜崎くんだっけ? まずは軽く打ち返してみて!」
人の良さそうな先輩部員が、気さくにピンポン球を軽快にトスし、リオに向かって優しく打ち送った。
ポーン、と白い球が放物線を描いてリオのコートへ跳ねる。
「フッ……」
リオが腕を振り抜いた。
ドオッ!! と体育館の空気が破裂するような衝撃波が巻き起こる。
「――は?」
パンッッ!!!
けたたましい爆竹のような破裂音が体育館に響き渡った。
球がラケットに接触した瞬間――摩擦と衝撃に耐え切れず、プラスチックのピンポン球は一瞬で木っ端微塵の粉末となって四散したのだ。
ラケットを振り抜いたフォームのまま静止するリオ。
コートには、白いプラスチックの微粒子が雪のようにフワフワと舞い散っている。
「ふ……自爆したか」
(自爆じゃないわよ!! 力加減がバカなだけでしょ!!! ピンポン球破裂させるヤツがどこにいるのよ!!)
咲良は頭を抱えて叫びたくなった。
昨夜、布団の中で「今日こそお礼を言おう」と少しだけ心をときめかせていた自分がバカみたいに思える。
「な、なんだ今の音……!?」
「球が……消えた……?」
「あ…あ、あれ。ボ、ボールが不良品だったのかな? 竜崎くんもう一球いくよ!」
ポーン、と投げられた二球目。
パンッッ!!!!
やはり同じように、ピンポン球は一瞬で白い粉末となって体育館に舞い散った。
部員たちが青ざめた顔で固まり、先輩部員は腰を抜かしてコートにヘタリ込む。
咲良は冷や汗をダラダラと流しながら、自分の額をタワシでゴシゴシ洗いたい衝動を抑え、リオのユニフォームの袖を掴んだ。
「竜崎くん。……ちょっと」
体育館の隅へとリオを引っ張っていく。
「なんだ? さっそく体育館の裏で愛の告白か? 南ちゃんも最初はツンツンしていたものだが――」
「黙って。いい? 耳に穴開けてよーく聞きなさい」
咲良はにっこりと、しかし瞳の奥に邪悪なオーラを宿した笑顔で、至近距離からリオを睨みつけた。
「……普通に、卓球をしなさい」
「む?」
「球を壊さない。威力を込めない。手加減をしなさい。ラリーが三秒持たないスポーツがどこにあるのよ。
私はここで目立たず静かに部活がしたいの」
「しかし……咲良よ、手加減などという真似は、対戦相手への侮辱以外の何物でも――」
「相手の命とボールの寿命を守るための手加減よ」
(まぶっ…ていうかさっきから光の反射で目が眩んで話しづらい……)
噛み合わない問答を繰り広げていた、その時だった。
「――おい! 咲良さんに何やってんだお前!!」
一人の男子生徒が怒気を含んだ声で割って入ってきた。
卓球部部長――那須太志。
真面目で自称・文武両道、部内一のカットマンであり、部員からの人望も熱い人物である。
そして人知れず咲良にずっと淡い恋心を寄せていた男子だった。
「那須部長!? いや違うんで――」
咲良の声を聞く間もなく、那須は咲良を背中に庇うと、鋭い眼光でリオを睨みつけた。
「入部早々、咲良さんを連れ出して脅すような真似をするな! そもそもお前、球を破裂させたりして卓球部の活動を妨害しに来たのか!?
咲良さんがどれだけ真剣に卓球に取り組んでるか、お前みたいな不審者ハゲに踏みにじられてたまるか!」
熱い正義感と、咲良への密かな想いを込めた一ノ瀬の叫び。
(不審者から助ける俺、咲良さんの好感度ランキング急上昇じゃん~)
普通なら気まずい空気になる場面――しかし、リオの青い瞳が怪しく光り輝いた。
ヴァイスはリオに近づいていつでも制止できるように待機している。もちろんリオの方を。
「ほう……」
リオはゆっくりと腕を組み、不敵な笑みを浮かべた。
「貴様……咲良に惚れているな!!!!」
リオの大きな声が体育館に響く。
「ッ!? な、なにを急に……!」
那須の顔が一瞬で真っ赤に染まる。
体育館の全員の時が止まった。リオは構わず話し続ける。
「隠さずともよい!我にはわかるぞ!メスを求める発情したオスの眼差し、即交尾可能な性器……見事だ!!!」
「は、発情!!?せ、、、性器!??ちょっと待て!!何言ってるんだお前!?」
静まり返っていた部員たちが一斉にざわつき始める。
「お、おい。発情だと?」
「部長、発情してるのか…?」
「そういえば部長の股間が若干…」
「即交尾可能……」
「違う!!!これは通常サイズだ!!!!部活中に発情なんか誰がするか!!」
必死に前かがみで股間を隠しながら叫ぶ那須の顔面は、真っ赤を通り越して土気色に変わっていく。
助けるはずだったヒーローが一瞬にして「ただの危険人物」に仕立て上げられていく地獄絵図。
リオはかまわず話し続ける。
「いいだろう! 咲良という一人のヒロインを巡り、男と男が白球で魂をぶつけ合う熱きこれぞ三角関係(青春)……!!」
「おいハゲ! 意味の分からん妄想を言うな! 俺はただ、咲良さんを困らせるお前が許せないだけだ! よし卓球で勝負しろ! 俺が勝ったら入部はあきらめろ!」
那須は前かがみになりながらリオに挑戦を申し込んだ。
「ふっ……ははははっ!!! いいじゃないか和也(※那須)。これぞ夢にまで見た青春ではないか!!!」
二人の間にはさまれ、ただでさえ白い顔がいつにもまして真っ白になった咲良がそこにいたのだった。
(なんで?? どうして?? 静かに暮らしたいだけなのに~)




