第4話 咲良の不覚
第4話 咲良の不覚
「……あいつ、生きてる……よね?」
夕暮れ時の人気のない道。咲良は肩のリュックをギュッと握りしめながら、冷や汗混じりの溜め息をついた。
咲良はいつもあまり人目のつかない路地を通学路に利用していた。
(いくらあいつがセクハラ発言してきたからって、うっかり九尾の妖力を足に乗せて蹴っ飛ばしちゃった……)
正体を隠して人間界で静かに過ごすはずだったのに、完全にやらかしてしまった。
自分を追う『奴ら』に見つかるリスクを考えれば、今すぐこの街を去るべきかもしれない。
「あのまま体育館から飛び出して来ちゃったけど、さすがに助けた方がよかったかな…」
――その時だった。
「……見つけましたよ。九尾の咲良」
じとっと湿り気のある声とともに、急に夕闇が路地裏を覆い尽くす。
シャク……シャク……と不気味な錫杖の音が響き、咲良の足元に黒い法印が浮かび上がった。
「くっ……! しまった!! 金縛りの法!?」
影の中から現れたのは、黒い法衣を纏った異形の僧侶。
僧侶が着物の袖を捲り上げると、その醜悪な腕には――無数の気味の悪い『人間の眼球』がびっしりと蠢いていた。
「ククク……まさか妖力を使うとは…、妖力探知に長けた私に見つけてくださいと言っているようなものです」
「妖の百目を封印し、私に屈服されしこの力……受けてみるがいい! 貴様の一族と同じように法具の贄となり、我が忠実な使役霊(道具)となるのだ!」
「だ、誰が……アンタたちなんかの道具になんかなるもんですか……!」
いつもならこんな罠にはまる咲良ではなかったのだが、今日はあのリオのせいで心が浮ついていたのだった。
咲良は歯を喰いしばり、必死に妖力を練り上げようとする。
しかし、全身を縛る数珠の鎖と法印の前に、指一本動かすことができない。
「苦しいのは一瞬です。あとは安寧の時が待っています。さぁ私の体内で一つになりましょう!!」
僧侶の身体の無数の眼球が一斉に開き、咲良に向かって漆黒の霊波が放たれようとした――。
「やめろ」
ズドォォンッ!!!!
上空から落ちてきた『何か』が、咲良を襲うはずだった黒い霊波ごと、路面を粉砕しながら降臨した。
凄まじい衝撃波と土煙。
僧侶が「わ、私の霊波を無効化した?? な、なんだ貴様は……!?」と狼狽えて後ずさった。
風が吹き抜け、煙がゆっくりと晴れていく。
夕闇の中、クレーターの中心に立っていたのは――
ピカァァァァァァッ……!!!!
夕日の残照を乱反射させ、眩いばかりの光を放つ完璧なツルツル頭のリオであった。
「な……ッ!?」
咲良は目を見開いた。
沈む夕日を背に受けて佇むその姿は、彫刻のように美しく整った顔立ち……そして、頭髪が一本も存在しない完璧なハゲ。
目鼻立ちが整ったワンパンマンのサイタマのようになったリオがそこにいた。
「あ……あんた……髪の毛……!!!!」
この場面、普通なら「あんた何者?」などと聞くのが正しいのだが、
あまりにつるっぱげなので咲良は思わず髪のことを突っ込んでしまった。
「フッ……燃えて無くなったわ」
ハゲ頭を光らせたリオ王子が、滑らかな手つきで自身の頭部を撫で下ろしながら、威厳に満ちた声で言い放つ。
「髪や見た目など単なる記号に過ぎん。『一切の意に阿らない我が意志』……この魂さえあれば、我は無敵で美しい……」
(つるっぱげがかっこつけてる……!)
僧侶が無数の目をギラつかせた。
「戯言を! 貴様も妖か? どこぞのハゲだか知らんが、私が使役してあげましょう!」
無数の眼球から放たれる、肉体を腐らせる呪いの光線が、ハゲ頭をミラーボールのように輝かせた。
リオは退屈そうに欠伸を噛み殺すと、ハゲ頭を眩しく輝かせたまま、ただ静かに右拳を握りしめた。
「貴様、人間のようだが…妖を取り込み道具として使役しておるのか。反吐が出るほど浅ましく醜い思想だな。誰の人生も、誰の心も、他人が縛って良いものではないわ」
――ドンッ!!
リオが軽く右拳を振り抜いた、ただそれだけだった。
大気が爆ぜるような風圧が一瞬で路地裏を駆け抜け、百目の呪い光線を丸ごと押し戻す。
そのまま僧侶の体ごと数十メートルの上空へと吹き飛ばした。
「ぬああああああーーーっ!??」
彼方へと消えていく僧侶を見送り、リオは爽やかに振り返るとハゲ頭を眩しく光らせてドヤ顔を決めた。
「見たか咲良とやら。これが我の魂の力だ!!」
(いや、ただの腕力なのでは……?)
咲良はそう思ったが、とにかく驚いて金縛りは解けているのに動けないでいた。
「はぁ…やはりリオ様は無敵だ」
電柱の陰から少し呆れたようなヴァイスの姿があった。
咲良はすでに金縛りが解けているのに、夕闇の路地裏で立ち尽くしたままなのであった。




