第3話 高校転校
「ふふふ。見事な手際でしょう、リオ様。竜族に伝わる強力な催眠・記憶操作の暗示魔術と、潤沢な資金(※主に竜の鱗を質入れした金)をフル活用し、完璧な戸籍と転校手続きをでっち上げました」
制服をビシッと着こなしたヴァイスが、胸を張りながら校長室のドアを静かに閉める。
「今日からリオ様は『竜崎リオ』、私はその同級生の『小龍崎ヴァイス』です。さあ、思う存分、青春を謳歌してください!」
「うむ! よくやったぞ。苦労をかけたなヴァイス!」
リオは興奮を隠しきれない様子で、ビシッと学ランの襟を正した。
リオたちが転校先に選んだのは、偏差値も至って普通、部活もそこそこのごく平穏な私立高校であった。
「ついに始まる……我の『タッチ』が! 我の『南ちゃん』がこの校舎のどこかで我を待っている! さっそく教室へ乗り込み、野球部へ入部届を叩き付けるぞ!」
2年B組の教室。古びた木製デスクが並ぶ室内には、どこにでもある退屈で穏やかな朝の空気が満ちていた。
あくびを噛み殺す生徒や、教科書をめくる音が聞こえる中、担任の教員が手をパンパンと叩く。
「えー、急なことなんだが、今日から我がクラスに転校生が来ることになった。入ってきてください」
担任がそう話すと、ガラリとドアが開いた。
「「「…………っ!?」」」
教室中に息をのむ音が響き渡る。
静かに入ってきたのは、眩いばかりの銀髪をなびかせた、彫刻のように美しい超絶イケメン――リオ。
そしてその背後には、いかにも仕事の出来そうなキリッとした男前――ヴァイス。
女子生徒たちからは「キャーッ!」「嘘でしょ、ハーフモデル!?」と黄色い歓声が上がり、男子生徒たちは一瞬で敗北感を察して顔を歪める。
「竜崎リオだ。好きなものは『あだち充』、嫌いなものは『古い規律と阿ること』。我に『甲子園に連れてって』と言いたい女子は、放課後グラウンドに集まるように!」
ピシッと指を立てて爽やかにドヤ顔を決めるリオ。
「ざわざわ(な、なんだこの転校生……! 面倒くさそうだし、絶対関わらないようにしなきゃ……)」
一瞬で女子たちの熱狂の波が引いていくのがわかった。
その教室の最奥、窓際の席で静かに教科書を広げていた少女――咲良は、心の中で深く溜め息をつき、存在感を消すようにふいっと顔を背けた。
九尾の狐としての正体を隠し、人間界で穏やかな日常を送りたい彼女にとって、このような目立ちすぎる存在は「天敵」でしかなかった。
しかし、本人の意に反して、その美貌は隠しきれるものではない。
窓から差し込む陽光を浴び、黒髪はまるで上質な絹のような光沢を放っている。透き通るように白い肌は、血色の良さを感じさせる薄桃色を帯び、伏せられた長いまつ毛が、ミステリアスな雰囲気を際立たせていた。
隣の席に指定されたヴァイスが「リオ様、今の挨拶は刺激が強すぎたのでは?」と小声でツッコむも意に介さず、リオは「フッ、つかみは完璧だ」と窓の外のグラウンドを熱い目で見つめていた。
そして、待ちに待った放課後。
「さあ行くぞヴァイス! 響き渡る金属バットの快音、土の匂い、そして我の南ちゃんに会いに行くぞ!」
教室を飛び出したリオは、ヴァイスの案内のもと、校舎の裏手にある建物へと向かう。
「こちらですリオ様! 体育館のあたりから、何やら球を打つ威勢の良い音が聞こえてきますよ!」
「うむ! 白球を追う青春の息吹が……! 響き渡る打球音が我を呼んでおるわ!」
バァン! と勢いよく体育館の重い扉を開け放つリオ。
「さあ! 我を甲子園へ導く『南ちゃん』はどこだっ!?」
しかし――そこに広がっていたのは、緑のグラウンドでも青空でもなかった。
薄暗い体育館。整然と並べられた青い台を挟み、地味な運動着を着た生徒たちが、無言で淡々と腕を振っている。
――カンコン、コカン。
――カンコン……ピン……。
静まり返った体育館に、あまりにも軽やかで、はかないプラスチックの音が空虚に響き渡っていた。
「…………」
「…………」
リオの輝かしい笑顔が、氷のように固まる。
「……小竜崎くん」
「はい」
「球が小さくないかい?」
「気のせいですリオ様。遠近感のバグでしょう」
「芝生ではなく台の上で皆が球を打っておるぞ?」
「最新の野球部は室内バッティングセンター方式を導入したのかもしれませんね……」
「……その…打ち合っているのは、バットではなく丸い板ではないか?」
「おそらくミート力を付けるためのものかと」
必死に粘るヴァイスに向け、リオの青い瞳に冷酷な光が宿った。
「き、貴様……『野球部』と『卓球部』を間違えたな?」
「だって『球を打つ部』って書いてあったから!! 漢字一文字しか違わないじゃないですか!!」
「野球部はどこだ!!!」
「この学校にはないそうです」
「ない????ない?????ないだとー!!!!!!」
「お、同じようなものでは?」
「どこがだ!!! 卓球でどうやって南ちゃんに『私を甲子園に連れてって』と言わせるのだ!! 『私を体育館の卓球台に連れてって』では、ただの方向音痴の卓球部の女だろうが!!!!」
「すみません!!! 落ち着いてくださいリオ様!!」
怒り狂うリオの全身から、凄まじい熱気が立ち昇り始める。
あまりの理不尽な絶望と憤怒に、抑え込んでいた竜族の魔力が暴走し、シューッ……! と、リオの鼻と耳から小さな赤黒い炎がポスポスと漏れ出し始めた。
(ま、まずい!! これはリオ様の魂も燃やし尽くすという憤怒の黒炎……!)
「ふ……ふ……ふんぬ〜……」
リオは怒りに震えている。
「リオ様、学校は火気厳禁ですー!!」
ヴァイスが慌ててリオの鼻をふさいだ。その瞬間――。
ボォーーーー!!!!
耳から一気に炎が噴き出し、美しくセットされたリオの銀髪に燃え移った。
一瞬にして、リオの頭部は松明のように激しく燃え上がる!
「「「………………!!!!!」」」
卓球台を挟んでラリーをしていた部員たちが、ラケットを止め、静かに固まった。
体育館に響くのは、今やピンポン球の音ではなく――リオの頭髪が勢いよく燃え盛る「ゴオォォォォ……」という重低音だけである。
「リオ様ーーっ、あ、頭! 頭が燃えてますよリオ様ぁぁぁ!!」
「ふふふ……頭の火など、我が胸の中で燃え滾る憤怒の炎に比べれば、線香花火のようなものだ……」
「リオ様かっこいい…。いやそんなこと言ってる場合ですか!? 」
ヴァイスが慌てて制服を脱いで振り回し、リオの頭を叩いて消火しようと暴れ回る。
「頭をボーボーと燃やしながらドヤ顔で佇むイケメン」と「必死に制服で頭を叩く男」という地獄絵図のすぐ横を、部活(卓球部)の練習のためにラケットを持って歩いていた咲良が、
「な、なになにあの転校生……頭燃えてるんだけど……怖っ……絶対関わらないようにしなきゃ……」
と、顔を引きつらせながら素通りしようとした、その瞬間であった。
消火できない憤怒の炎に焦ったヴァイスは、思いっきり制服をリオの顔面にぶち当てた。
「ぬおおっーーーー!?」
前のめりに転倒するリオ。倒れ込んだリオの視線の先に、サッと熱風が吹き抜け、
咲良のスコートの裾がふわりとめくれあがった。
倒れたまま顔を上げ、持ち前の無駄な誠実さと威厳あふれる声で、リオは真顔で言い放った。
「……お主、男物のパンツを履いておるのか?男の娘か?」
咲良の額に、ドバッと青筋が浮かび上がる。
「スパッツよ!この変態火ダルマ野郎ーーーーー!!!!」
ドォン!!!
咲良の渾身のハイキックがリオの顔面に直撃し、頭を燃やしたままのリオが、
卓球台ごと体育館の壁まで爆音と共に吹き飛んでいった。




