第2話 日本上陸
「やったぞー!! ついに……ついに日本へやってきたぞ!!」
夜の渋谷、スクランブル交差点。数えきれないほどの人間が行き交う雑踏の中、その二人は異様な存在感を放っていた。
リオと、その腹心であるヴァイス。二人とも人化の魔法を使い、角も隠しているため、パッと見はただの外国人にしか見えない。
しかし、その顔も高級そうな服も、なぜか全身が真っ黒焦げだった。すれ違う人々が、何事かと二人をジロジロ見ては避けていく。
「どうしたヴァイス! なぜ喜ばん!」
「……いや死ぬ目に遭いましたからね……」
ヴァイスが死んだトカゲのような目で、黒焦げの全身を見回しボソリと呟いた。
「貴様がさっさと転移魔法を発動せぬから、こんな苦労をしたのだ……」
「リオ様が『キキみたいに飛んでいきたい』なんて無茶を言うからですよ! そのせいでユーロ上空でユーロファイターに撃ち落とされそうになったんですからね!!!」
ヴァイスは眉を吊り上げ、抗議の声を上げた。
だがリオは聞く耳を持たない。彼はギラギラと輝く瞳で、ネオン輝く渋谷の街を見回していた。
「それで……これからどうするんですか?」
「フフフ……聞け。日本で私は――高校に転校する!!」
(まず入学しろや……)
「そして、日本の高校で……アニメや漫画で見たような“本当の愛”というものを体験するのだ!!」
「なんですか、その本当の愛って……」
「貴様、まさか『タッチ』を知らんのか?」
リオは真剣な面持ちで、あたかも世界の真理を語るかのように言った。
「双子が一人の女性を取り合い、弟が死ぬ……あの伝説的な漫画だ」
「知ってますよ。王太子に無理やり読まされましたし。でも、あの作者のキャラってどれも同じ顔で――」
「情けない…! 我が竜族の識別能力はそこまで落ちたというのか……!」
リオは憤慨して自身の胸をドンと叩いた。
「『タッチ』の南と、『ラフ』の亜美はまったくの別人だろうが! 今度『誰がタッちゃんでしょう?』テストをしてやる!」
(絶対わかんねー……)
「とにかく我は、あのような愛を体験したいのだ!」
リオの語りは、渋谷の喧騒に負けないほど熱を帯びていく。
「和也の夢と愛を兄・達也が引き継ぐ……! あだち充先生の描く行間!! 夏!! 南風!! 言葉にせずとも通じ合う魂の絆!!――あれこそ、至高!!!」
「……」
「我はどうしても、南に愛を告げるあの伝説のシーンを言ってみたいのだ……!」
ヒートアップする主に対し、ヴァイスは極めて冷静に指摘した。
「…そもそもリオ様は双子じゃないですよね?」
するとリオは平然と言い放った。
「我と双子というにはおこがましかろうが……貴様も一緒に同じ女性に惚れろ。そしてトラックに跳ねられて死ね」
(お前が死ね!!!)
「……ドラゴンが車ごときに跳ねられて死にませんよ。運転手の方が死にます」
ヴァイスは虚空を見つめながら答えた。もはやツッコミ疲れが見え始めている。
「我もいつか南に言われたいものよ……『私を甲子園に連れてって!』と」
(こいつ聞いてねぇな……)
「それよりリオ様、高校に入るなんて……戸籍も身分証もないのに、手続きとか超難しいですよ?」
「竜族の力を最大限活かしてなんとかしろ」
(この世間知らず無茶言うわ……)
「不可能な理由は聞かん。可能な理由が聞きたい」
(超ブラック企業め!!)
その時だった。通りかかった不良風の男たちが、黒焦げの二人を見て鼻で笑った。
「おいおい、なんだよお前ら。外国人?きったねー格好しやがって、お騒がせユーチューバーか?」
「おうちが火事にでもなった設定か~?ああん?」
絡んでくる男たちに、リオは朗らかに返した。
「はっはっは!!失せろ」
(さすがリオ様……性格は破綻しているが、日本語はしっかりと習得されている……私も付き合わされたアニメで少しはわかるが……)
ヴァイスが妙な感心をしていると、一人の不良がリオの胸ぐらをつかんだ。
「あァ?なんだコラ!!」
その刹那、ヴァイスの眼が見開き、鋭い爪が伸び、不良の喉元へ向かう――。だが、リオは静かに右手を上げてそれを制した。
「待て」
「しかし……」
リオは冷めた声で、諭すように不良に語りかけた。
「フッ……やめろ。ケンカは先に手を出した方が負けだぜ……」
ドォォォォォォォン!!
直後、不良は一瞬で吹き飛んだ。
「ぐわぁー!!!!」
「ありがとう!!」
「プギャー!!!!」
「ありがとう!!」
リオは満面の笑みで「ありがとう!」と叫びながら、次々と不良たちを物理的に排除していく(もちろんリオにとってはほんの撫でる程度の力加減であったが)。
その理不尽な光景に、ヴァイスや周囲が呆然と立ち尽くした。
(セリフと行動が一致してない……!!! 「ありがとう」って言っておけば日本では丸く収まると思ってる外国人旅行者並だ……!)
「なんだこいつ~!バカ強いし気持ち悪い~!!」
不良たちは見るも無残な姿になりながら、蜘蛛の子を散らすように退散していった。 夜の交差点に、再び平穏が戻る。
ヴァイスは震えた。
(やはりリオ様は……怖い……)




