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第1話 戴冠式脱走

ドラゴニア王国の王城深く――神聖なる玉座の間。

天井まで届く巨大なステンドグラスから色とりどりの光が降り注ぎ、磨き抜かれた大理石の床を煌びやかに彩っている。

しかし、その豪華絢爛な空間は今、怒号と悲鳴が入り混じる騒乱の渦中にあった。


「リオ王太子殿下はどこだ!?どこへ行かれたのだ!!」


「殿下を見失うとは何事だ!戴冠式まであと一時間ではないか!」


竜族の家臣たちが青ざめ、怒号を上げながら玉座の間に立ち尽くす。中央に鎮座するはずの、黄金とルビーで飾られた玉座だけが、虚しく空気を吸っている。


「誰か王太子の私室を調べろ!もしや、いつものように蔵書室に籠っているのでは……」


「馬鹿を言え!陛下の命令で、今朝から私室は厳重な警備を敷いているはずだ!」


誰もが血相を変える中、はるか人間世界。満月の夜空を飛ぶドラゴンとその背に立つ一人の姿があった。


彼がリオ王太子。通称「白銀の竜王子」。銀色の髪と、夜空の月光さえ霞ませるほどの整った横顔を持つ美男子だ。


「リオ様、いいんですか? 戴冠式を脱走するなんて……ましてや人間の世界に…」


黒竜――名をヴァイスという、王太子直属の護衛竜は、不安げにこちらに顔を向けた。

リオは満月を見上げ、その青い瞳に光を宿す。


「構わん」


低い声が、決意を込めて夜に響いた。


「それに聞いたか?我には見知らぬ許嫁がおるらしい。その許嫁と婚姻し、王になるなどまっぴらだ。我の一生は我が決める……」


ヴァイスは深くため息をついた。


「……やれやれ。お叱りを受けるのは、結局、私なんですけどね」


この王太子、生まれながらにして最強の魔力を持つ竜族の天才である。

しかし中身は、先代王がうっかり輸入した日本のコミックスやアニメに魅了された、筋金入りのオタクなのだ。


「それでー一体どちらに向かうおつもりですか?」


「日本だ」


「日本?人間世界のアジア地方の島国ですね。あんな所に何しに?」


リオの表情が一瞬で凍り付いた。


「貴様……あんな所とはなんだ……国家への敬意というものを知らんのか」


「……も、申し訳ございません」


ヴァイスは慌てて謝罪する。この王太子は、自分の故郷の悪口を言われるより、日本の文化を蔑ろにされる方が遙かに怒る。


「日本はアニメ天国、漫画の聖地なのだぞ!!!!オタクとしては行くしかないではないか!!!」


リオは拳を握りしめ、熱く語る。ヴァイスは思わず目頭を覆いたくなった。


(……こいつマジか……)


「まあいいですけど……さすがに遠いので、転移魔法を使いますよ」


ヴァイスが空間のひずみを起こそうと魔力を込め始めた、その瞬間。


「待て!!」


リオの鋭い声がヴァイスの動きを止めた。


「貴様……見ておらんのか?」


「…は?」


魔法を中断させられたヴァイスが戸惑う。

まさかリオ王太子は敵魔族を察知しているのか…ヴァイスに静かに緊張が走る。いつでも防御魔法を展開できるように準備をして…。


「『魔女宅』だ!キキが箒で月夜を飛ぶ……あの旅立ちの名シーンだ!希望に溢れておろう!」


リオは夜空の満月を指差した。


「……は?」


「私もキキのように旅立ちたいのだ……。ユーミンの曲もダウンロードしておいた。このミュージックプレイヤーを首にかけておけ」


「え?じゃあ、このまま日本まで飛んでいくと?」


――ンチャカチャカチャカ♪


「うむ」


ウンチャカチャカチャカチャカ♪


「私が?」


チャカチャカチャカカ♪


「うむ。あまり揺らすなよ。酔うから」


 テテテテテテテテー♪


ヴァイスの血管がピクピクと音を立てる。首の下から流れる能天気なBGMがさらに神経を逆なでさせる…。


(……殴りたい。こいつめっちゃ殴りたい)


だが、怖い。心はオタクでも、中身は異世界最強の竜王の王太子だ。


「分かりました……」


ヴァイスは心臓の奥底から絞り出すように返事をした。


リオは満足げにうなずき、ヴァイスの背中で夜風を受けている。

その姿は、トランクを抱える少女キキではなく、どこかの王が愛馬に乗る姿にも見えた。


「ああそうだ。列車があれば屋根から滑り込むのだ。そして海に浮かんでいるような街に……」


その声を背中から感じながらヴァイスの心境は一つだった。


(……殺したい……)


そして、戴冠式を目前に控えたドラゴニア王国の王太子と、その護衛竜は、ロマンとオタクの熱意だけを燃料に、夜空へと消えていったのだった。


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