第24話 牛殻VS黒竜ヴァイス
闘技場に、牛殻の野太い声が響き渡った。
「あとからゴミを掃除するのも面倒だ。貴様から来い。雑魚から相手にしてやる」
牛殻はヴァイスを見下ろしながら、口元に不敵な笑みを浮かべた。
「ずいぶんと威勢がいいですね」
そのとき、リオの前にヴァイスが進み出た。
「リオ様。ここは私にお任せください」
「ほう。無様な真似は許さんぞ」
「はい。竜族の誇りに賭けて」
ヴァイスは一礼すると、ゆっくりと牛殻に向き直った。
「ヴァイスと申します。以後、お見知りおきを」
「フン。雑魚が」
牛殻は大きな鼻を鳴らした。
ヴァイスは静かに構えた。
次の瞬間。
ドンッ!!
牛殻の巨体が弾丸のように飛び出した。
「なっ……!」
その巨体からは想像もつかないほどの速度だった。
牛殻の拳がヴァイスの顔面めがけて迫る。
ヴァイスは身体をわずかに傾け、紙一重でそれをかわした。
拳が空を切り、背後の石壁に激突する。
轟音とともに、壁面に巨大な亀裂が走った。
「ほう。避けたか」
牛殻が拳を引き戻す。
「なかなかの速度ですね」
ヴァイスは表情を変えずに答えた。
「ならば、これはどうだ!」
牛殻の背中から、突如として数本の腕が生えた。
それらが一斉にヴァイスへと襲いかかる。
ヴァイスは身を屈め、最初の一撃をかわした。
しかし、死角から伸びてきた別の腕が、ヴァイスの腹部に直撃した。
「ぐっ……!」
妖の牛鬼を取り込んだ牛殻。その異形の姿は、まるで巨大な蜘蛛を思わせた。
「フハハハ! その程度か!」
牛殻はヴァイスの腹部に食い込んだ腕を、そのまま持ち上げた。
「しまっ……!」
次の瞬間、ヴァイスの身体が地面に叩きつけられた。
ドォォン!!
石造りの舞台に激突し、床に亀裂が走る。
「ヴァイス!!」
咲良が思わず声を上げた。
しかし、ヴァイスはすぐさま身を起こした。
「問題ありません」
そう言いながらも、彼の呼吸はわずかに乱れていた。
「ほう。まだ立ち上がるか」
牛殻は楽しそうに笑った。
「その程度で倒れていては、リオ様の護衛は務まりませんからね」
ヴァイスは衣服についた埃を払い、再び構えた。
「いいだろう。ならば、もっと楽しませてやる!」
牛殻が幾本もの腕を大きく広げた。
その瞬間、彼の全身の筋肉が膨れ上がる。
首から肩にかけての毛が逆立ち、二本の角が青白い光を帯び始めた。
「これが俺の真の力だ!」
観客席から信者たちの歓声が沸き起こる。
「妖力を肉体に集中させている……」
ヴァイスは牛殻の変化を見据えた。
「どうした? もう終わりか?」
牛殻が一歩踏み出す。
その足元の石畳が、重みに耐えきれず砕け散った。
「確かに、それはこの身体では荷が重いですね」
ヴァイスは静かにそう告げると、深く身をかがめた。
次の瞬間、黒い風が吹き荒れた。ヴァイスの身体がみるみるうちに膨れ上がり、その姿が巨大な黒竜へと変貌していく。
「ほう……それが本来の姿ということか!」
牛殻が口元を歪めた。黒竜となったヴァイスは、大きな翼を広げ、咆哮を上げた。
「グオオオオオッ!!」
牛殻もまた、幾本もの腕を構え、真正面から迎え撃つ。
竜と牛殻。二体の巨躯が激突した。
ドゴォォン!!
牛殻の拳がヴァイスの巨体を打ち据える。
対するヴァイスも鋭い爪を振るい、牛殻の身体を引き裂こうとした。
しかし、牛殻は怯まない。
複数の腕を自在に操り、ヴァイスの翼や首を捕らえようとする。
ヴァイスは翼を大きく広げてそれを振り払い、鋭い尾を叩きつけた。
激突するたびに凄まじい衝撃波が生まれ、闘技場の石畳が次々と砕け散る。
観客席にまで衝撃が伝わり、咲良の身体を突き抜けた。
「ヴァイス!」
咲良が叫ぶ。
(……なるほど。単純な怪力ではありませんね)
ヴァイスは牛殻を見据えた。
(妖力によって肉体そのものを強化している。しかも、その出力は先ほどとは比較にならない)
牛殻がゆっくりと近づいてくる。
「どうした? それでおしまいか?」
「……なかなか、手強いお相手ですね」
ヴァイスは立ち上がろうとした。しかし、その巨体はわずかにふらついていた。
その様子を見て、牛殻が大きく笑った。
「フハハハ! もう限界だろう! トカゲごときが、この牛殻に勝てるわけがない!」
牛殻が幾本もの腕を広げ、ヴァイスにとどめを刺そうとした。
そのときだった。
ヴァイスが大きく口を開いた。その口内に、巨大な魔法陣が浮かび上がる。
光が収縮し、膨大な熱量が一点へと集まっていく。
「むっ……!」
牛殻が異変に気づいたときには、すでに遅かった。
ヴァイスの口から、凄まじい炎が放たれた。
ゴォオオオオオオ!!
灼熱が牛殻を飲み込む。炎は闘技場の空気を焼き、周囲の石畳までも赤く染め上げた。
「ぐおおおおおっ!!」
牛殻の巨体が炎に包まれる。
やがて炎が収まると、そこには全身を黒焦げにした牛殻の姿があった。
巨体が大きく揺れる。
そして――。
ドォォン!!
地響きを立て、牛殻は石造りの舞台に倒れ込んだ。




