第23話 萬天会闘技場
阪神甲子園球場。
球場の外周を歩く三人の姿があった。
リオ、咲良、ヴァイスである。
球場の外には、作業員や関係者の姿がちらほらと見える。こんな場所で派手に術を使うわけにもいかない。
「地下への入口を探しますか?」
ヴァイスが尋ねた。
「そうだな。だが、向こうもこちらの存在に気づいているのではないか?」
リオがそう言った、そのときだった。
三人の前方に、一人の男が立っていた。
黒いスーツに身を包んだ、痩せた男だった。一見すると、ごく普通の人間に見える。
男は三人に向かって、深々と頭を下げた。
「お待ちしておりました」
「……私たちを?」
咲良が警戒しながら尋ねる。
「はい。萬天会の方々がお待ちです。どうぞ、こちらへ」
男が歩き出す。
「ずいぶんと親切だな」
リオが笑った。
「罠に決まってるでしょ」
「そうなのか?」
「そうに決まってるじゃない!」
咲良が声を荒らげた。
ヴァイスは男の背中を見つめながら、静かに口を開いた。
「こちらの目的地へ案内してくれるのであれば、好都合です」
「そうだな。せっかくだから招待を受けよう」
三人は男の後に続いた。
男が案内したのは、球場の関係者用通路から少し離れた、古びた建物だった。
その地下には、通常の施設とは明らかに異なる通路が続いていた。
男が壁の一部に手を触れる。
ゴゴゴゴゴ……。
重い音を立てて壁が左右に開いた。
その向こうには、下へと続く長い石造りの階段が現れた。
「こちらです」
男が頭を下げる。
階段の奥から、かすかに読経のような声が聞こえてくる。
「ふむ。なかなか雰囲気があるな」
リオは楽しそうに階段を覗き込んだ。
「リオ様、どうやら相当な数の妖気が感じられます」
ヴァイスが告げる。
「面白くなりそうだな」
リオは躊躇なく階段を下り始めた。
咲良は小さくため息をついた。
(まったく、このハゲを見てると……敵の本拠地に乗り込むっていう緊張感がまるでないよね)
しかし、不安は少なかった。むしろ、不思議と心は落ち着いていた。
三人の姿が、地下の闇へと消えていく。
その先に待ち受けるのは、萬天会の総本山。
そして、彼らを迎え撃つのは牛殻であった。
「ずいぶん深いところまで続いているな」
リオが天井を見上げながら言った。
「この地下施設は、地上の建造物とは独立した構造になっております。相当な年月をかけて築かれたものと思われます」
ヴァイスが答える。
「まるで古代遺跡ね……」
咲良は壁に刻まれた奇妙な文様を眺めていた。
やがて階段を下りきると、巨大な石扉が姿を現した。
重々しい音を響かせ、石扉がゆっくりと開いていく。
その先には、想像を絶する巨大な空間が広がっていた。
高い天井。無数の石柱。青白い炎に照らされた異形の神仏像。
紺色のローブを纏った信者たちが、整然と並び、低い声で経を唱えている。
「ここが萬天会……」
咲良が息を呑んだ。
石柱の間を抜け、さらに奥へと進む。
やがて、巨大な円形の広場にたどり着いた。
そこから、地鳴りのような歓声が響いてくる。
中央には、幾重にも傷跡が刻まれた石造りの舞台。
その周囲を取り囲むように、何層もの観客席が設けられていた。
すでに大勢の信者や幹部たちが席を埋め、中央の舞台を見下ろしている。
そして、その舞台の中央に、一人の大男が立っていた。
太く湾曲した二本の角。分厚い毛に覆われた首と肩。岩のように隆起した筋肉。
牛殻である。
「来たか……」
牛殻は三人を見下ろし、口元を歪めた。
「待ちかねたぞ。竜族のハゲと九尾の狐! ここは妖の力を証明する闘技場だ!!」
リオは牛殻を見上げた。
「お前はなんだ?」
「萬天会、牛殻だ」
「ずいぶん大きいな」
「フン。貴様を叩き潰すには、それ相応の体格というものだ」
牛殻が拳を握りしめる。
「さあ、竜族のハゲ。ここで貴様の力を見せてもらおう」
牛殻は大きく両腕を広げた。
「この萬天会の闘技場で、貴様の最期を飾ってやる!」
リオは楽しそうに笑った。
「なるほど。ここなら、遠慮なく暴れてもよさそうだな」
「リオ様、施設を破壊しすぎて生き埋めにならないようお願いいたします」
ヴァイスが不安げにリオに告げた。
「わかっている」
「本当にわかってるのかな……」
咲良のぼやきが、闘技場に響く歓声にかき消された。
牛殻との戦いが、いま始まろうとしていた。




