第14話 バルトメウスの胸中
「……で? 満足したなら、その物騒な船ごとお引き取り願えるのかしら?」
ヴァイスの背の上で腕を組み、冷え切った眼光を向ける咲良。
その頭上でピコピコと不機嫌そうに揺れる狐耳——冷徹な表情とは裏腹に、見た目はどこまでも愛くるしい姿であった。
ハッと我に返ったバルトメウスは、リオとの抱擁を解くと、ゆっくりと巨体を翻して咲良の方へと視線を向けた。
「ぬ……? そちらの女狐は……」
バルトメウスの黄金色の眼光が、じっと咲良を射抜く。
その瞬間、騎士団長の鋭い眼孔が、カッと見開かれた。
バルトメウスの胸中で、すべての点と点が完璧に繋がった。
————このハゲ頭の王子は、運命の糸に導かれ、この地で『宿命』と対峙していたのだと。
驚愕と納得の入り混じったバルトメウスの巨躯が、激しく震え始める。
「な、なに? なによ急に人の顔見て……気持ち悪いわね」
咲良がその不気味さに思わず身を引く。
「クハハ……ハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!!」
突如として、夕暮れの空を叩き割るような超絶的な大爆笑が、軍艦の上に響き渡った。
あまりの音圧に、ヴァイスまでもが「わっ!?」と耳を塞ぐ。
「バハハハハ! 素晴らしい! 素晴らしいぞリオ様ぁぁぁーーーっ!!! 納得いたしました! このバルトメウス、千年の不覚! 王子の深謀遠慮、恐れ入りましたぞ!!!」
「む? 何を一人で納得しておるのだ、バルトメウス」
首をかしげるリオを余所に、バルトメウスは目から涙を流さんばかりに爆笑しながら、胸をドンと叩いた。
「ハハハ! 良いでしょう! 今日のところはこれにて引き下がります! 存分にこの地で『青春』とやらを満喫されるが良い!! ただし……そのフィギュアだけは私めが預かっておきますぞ!!」
「あ! 待てバルトメウス! 我の南ちゃんを置いていけーーーっ!」
「全軍、撤退ぃぃぃーーーーッ!!!」
バルトメウスが豪快に腕を振ると、黒銀の巨大軍艦は凄まじい音とともに再び空間の亀裂へと後退を始めた。
「ヴァイスよ! リオ様をお頼みしたぞ! 苦労をかける!!」
「……団長ぉぉぉぉ! 私を置いていかないでくださいぃぃぃ!!」
ヴァイスの情けない叫びも虚しく、次元のヒビ割れは眩い光とともに修復され、空は何事もなかったかのように静かな茜色を取り戻した。
ヒュー……と、心地よい秋の夕風が吹く。
「なんなの?……行っちゃった」
「……うむ。我の南ちゃんを連れ去っていくとは、なんという悪逆非道……」
「自業自得でしょ。……で、あいつ最後になんであんな大爆笑して去ったのよ?」
「さあな。あいつは昔から笑い上戸でよく分からん」
呆れる咲良と、未練たらしく空を見上げるリオ。
その横で、ヴァイスだけがガクリとうな垂れていた。
「……取り残された……。ああ……明日は資源ゴミの日なのに……。リオ様のAmazonの買い物が多すぎて、ダンボールをまとめなきゃいけないのに……」
「ちょっとヴァイス、地上に下りて人に戻りなさいよ。こんな巨大なトカゲが空に浮かんでたら、幻術を解けないでしょ」
咲良がヴァイスの背を小突くと、黒竜は「ハァ……」と情けない重低音の溜め息をひとつ吐き出し、
地上へと降り立つと一瞬でいつもの人の姿へと戻った。
「咲良さん……聞いてください……。先週届いたリオ様のダンボール、もう部屋の半分を埋め尽くしているんです……。
大量の漫画本、なぜか使いもしない腹筋ローラーとか買って……。回収車が来る前に畳んで紐で縛らないと、マンションの管理人にまた怒られてしまう……」
「……苦労してんのね、あんたも」
咲良は元の姿へと戻り、哀愁漂うヴァイスの肩をポツリと叩いた。
一方、その横でリオはというと——。
「ふむ。南ちゃんを取り戻すためにも、やはりドラゴニア王国を上回る軍事力をこの人間界で築かねばならんな」
どこか遠い目をして、真剣な顔で呟いていた。
「ていうか王子なんだから、国に帰って普通に命令して返してもらえばいいじゃないの?」
「駄目だろうな。バルトメウスのあの目は本物だった。一度あやつが『至高の造形』と認めた以上、
我の命令であっても『南ちゃんは渡せません』と頑固突っぱねるに決まっておる。あの頑固じじいは」
「なんで竜族の騎士団長がフィギュアにそこまで命かけてんのよ……」
頭を抱える咲良。
「まあよい。まずは目前の課題からだ。ヴァイスよ、立て」
リオがポンと手を叩くと、ヴァイスが死んだ魚のような目で顔を上げた。
「……何でしょうか、リオ様。まさかこれからAmazonで追加の買い物を……?」
「明日は資源ゴミの日なのだろう? 我も手伝ってやる。ダンボールくらい、この我にかかれば造作もないことだ」
「……リオ様が……ダンボールを……?」
ヴァイスの瞳に、ほんのわずかな希望の光が宿る。主人が自分の苦労を理解し、手伝ってくれるというのか。
「我が黒炎でダンボールなど分子レベルで消滅させてくれるわ!!」
「分別しろ」
咲良の冷めたつっこみが、夕暮れのロータリーに虚しく響き渡った。




