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第12話 はじめての友達

咲良は「誰も巻き込みたくない」という思いから、クラスメイトとは常に一定の距離を置いていた。

九尾の狐としての正体がバレるリスクを避けるためだった。


だが、下駄箱へ向かおうとした咲良の前に、パッと二人の女子生徒が立ちふさがった。


「咲良ちゃん! 今日の部活、お休みでしょ?」


明るい声をかけたのは、クラスの盛り上げ役である優衣(ゆい)だった。

その隣で、おっとりとした雰囲気の葵(あおい)がニコニコと微笑んでいる。


「え? あ、うん……部室がちょっと……模様替え中で」


「ねえねえ、このあと時間ある? 駅前に新しく出来た韓国風のカフェ、一緒に行かない?」


「えっ……私と?」


突然の誘いに、咲良は八重歯をのぞかせて目を丸くした。


「そう! 咲良ちゃんとずっと話してみたいと思ってたんだー!」


「咲良ちゃん、甘いもの好き? そこのパンケーキ、すっごく美味しくて可愛いんだよ」


「あ……えっと、私は……」


咲良の脳裏に、(私は人間じゃない……関わったら危ない……)という警戒心がよぎる。

断ろうと口を開けかけた、その時だった。


優衣が咲良の手をギュッと優しく握りしめた。


「一回だけでいいから、一緒に行ってみようよ!」


まっすぐに見つめられ、咲良の胸がキュンと跳ねる。

人間とこんな風に距離を縮められたことなど、今までの孤独な逃亡生活の中では一度もなかった。

断るための言葉が、喉の奥でつかえて出てこない。


(う……っ! なにこのキラキラした女子パワー……! 拒絶できない……!)


「……じゃあ、ちょっとだけなら」


咲良が恥ずかしそうに頷いた瞬間、優衣と葵は「やったー!」と歓声をあげた。


駅前のカフェ。明るい木目調の店内には甘い菓子の香りが漂い、女子高生やカップルで賑わっていた。


運ばれてきたのは、イチゴと生クリームが山盛りになった特大のパンケーキ。


「わあぁ……! すごい!!!」


思わず目を輝かせる咲良に、優衣がくすくす笑う。


「ふふ、咲良ちゃんって美人でクールな感じかと思ってたけど、すごく表情豊かだよね。可愛い!」


「えっ!? あ、いや……」


褒められた瞬間に顔がカッと熱くなり、動揺のあまり頭の上からポロンと柔らかい狐耳が出そうになる。


(やばっ……! 嬉しくて妖気が漏れかけてる……!)


咲良はパニックになりながら必死で両手で頭を押さえ、髪をいじるフリをして誤魔化す。


「ど、どうしたの? 頭、痛い?」


「ごめんなさい。なんでもないの! それよりパンケーキ、おいしいね!」


必死で話題を逸らす咲良。

それからの時間は、咲良にとって夢のようなひとときだった。

好きなお菓子の話、クラスの男子の愚痴、最近流行っているコスメや服のこと。

たわいもない会話。今まで「生き残ること」だけに必死だった咲良にとって、

同世代の女の子と笑い合っているその時間は、胸が苦しくなるほど温かく、眩しかった。


(……あぁ。人って、こんな風に笑い合って生きてるんだ……。私、ずっとこういう日常に憧れてたんだ……)


だが。そんな感動的な女子会の真っ最中、咲良の研ぎ澄まされた勘が、店内の「異常な異物感」を察知した。


(……ん? なにか……すごく嫌な視線を感じる……)


咲良がさりげなく、店の奥のテーブル席へ視線を向ける。


そこには――黒いサングラスをかけ、あだち充の文庫本を持ちながら、凄まじい威圧感でこちらを観察している男が二人いた。

その一人は見事なハゲ頭。


(絶対……リ、リオぉぉぉぉぉーーーーーっ!??)


咲良は心の中で絶叫した。

変装のつもりなのか黒サングラスを装着しているが、

頭部の輝きと存在感が隠しきれておらず、周囲の客からも怪訝な目で見られている。


咲良はこめかみに青筋を立てながら、全力で二人と目を合わせないように冷や汗を流した。

楽しい時間は一瞬で過ぎ去る。三人はカフェを出て、駅前のロータリーで解散の時間がやってきた。


「今日、すっごく楽しかった! 咲良ちゃん、誘って本当によかった!」


「ありがとう。私も本当に楽しかった」


葵が、満面の笑みで咲良にスマホの画面を見せる。


「咲良ちゃん、これ見て」


「え!!!?」


それは男子同士が淫らなことをしているイラストであった。


「葵っ!!!!! それ間違ってる!!」


優衣があわててスマホを取り上げる。


「キャー!!!」


「間違い! 間違い! これこれ」


画面には連絡先(LINE)が表示されていた。


「これ、私の連絡先! 何か困ったことがあったら、いつでもメッセージ送ってね。私たち、もう『友達』なんだから」


『友達』――。


その響きが、咲良の胸の奥にすっと染み込んでいく。

咲良は連絡先を交換し終え、画面に表示された二人の名前を愛おしそうに見つめ、ゆっくりとスマホを胸に抱きしめた。


「うん!」


今度は耳を出すこともなく、咲良は心からの純粋で美しい笑顔を二人咲かせた。

その笑顔の眩しさに、優衣と葵も一瞬見とれてしまうほどだった。


「……あっち(BL)も気になるなら、色々教えるからね」


「葵ーーー!!!!! 余計なこと吹き込まなーい!!!!!」


放課後の夕暮れのロータリーに、優衣の絶叫がどこまでも響き渡っていた。

去っていく二人の賑やかな背中を、咲良は可笑しそうに、そして愛おしそうに見送る。

手の中にあるスマホに表示された二人の名前。


(……この平和で、ちょっとバカバカしくて温かい日常を……絶対に守らなきゃ)


夕暮れの心地よい風が、咲良の髪をそっと揺らす。


「……ふむ。良き顔になったな、咲良」


いつの間にか歩道橋の影から現れたリオが、あだち充の文庫本をポケットに収めながら佇んでいた。


「……リオ。あんた、カフェに一緒にいたのヴァイスでしょ。店内で変目立ちまくってたわよ」


「……やはりそうか。特に葵とかいう女が我とヴァイスを執拗に眺めておったわ」


(葵ちゃん…脳内でとんでもない宴を催していたのでは…)


呆れ果てて息をつく咲良。

いつもの咲良とリオのバカバカしいやり取りだった。

だがリオの視線がふと、上空の「ある一点」に固定された。


「………」


「リオ……?」


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