第11話 ドラゴニア王国の号令
一方、人間世界より遥か彼方、竜族の国、ドラゴニア王国。
雲を突くが如き険峰の山肌にそびえ立つ、
重厚にして荘厳な石造りの城――『白銀の王城』。
その中央に位置する大広間は、ピンと張り詰めた冷徹な緊張感に支配されていた。
陽光の差し込まない石壁には歴代の戦旗が掲げられ、
その下には、ドラゴニア王国軍の精鋭たちがその尾も微動だにさせず整列している。
床を踏み鳴らす重い金属音とともに、広間の中心へと歩み出たのは、歴戦の傷跡を刻んだ老騎士団長バルトメウスであった。
その全身を包む銀色の鱗は、幾多の死線を潜り抜けてきた者だけが持つ異様な覇気を放っている。
「――諸君」
団長の低く、地を這うような声が、大広間にこだました。
「我が国の王子にして、唯一無二の若君――あのバ……いや、リオ様が戴冠式から逃れ、この国から失踪されもう一月になる!」
「「「はっ!!」」」
精鋭たちの太い声が、石造りの天井を激しく震わせる。
「しかし! ついにリオ様の潜伏先を突き止めることに成功した!」
「「「おおおー!!!!」」」
大広間に地鳴りのような歓声が響き渡る。バルトメウス団長は爪を鋭く光らせ、言い放った。
「直ちに『若君・リオ様捜索特別遊撃隊』を編成! 人間界に潜伏したリオ様を、
死なない程度にどんな手を使ってでも――拉致、捕獲し連れ帰るのだ!!!!」
「「「御意!!!!」」」
だが、その気勢の直後。一人の兵が恐る恐る挙手し、声を上げた。
「……バルトメウス団長。お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ? 申してみよ」
「リオ様を、一体どのように捕まえるのでしょうか? 我々が束になったところで、リオ様を拘束するなど不可能です。それどころか、揃って返り討ちに……」
「そうだ……リオ様に対抗できるわけがない……『死なない程度』というより、我々の命の方が危ういのでは……」
精鋭といえど、竜族の天才・リオの圧倒的な規格外の戦闘力に立ち向かうことが不可能であるのは明白だった。
兵たちの顔に、一気に不安と恐怖の色が広がる。
「ククク。案ずるな。私に一計がある」
バルトメウスは不敵に微笑むと、背後に置かれていた重々しい宝箱の鍵を外し、精鋭たちの眼前に掲げて見せた。
「これを見よ!!!」
「「「おおおーーーっ!! それは……!!!』」」
「これならば……! これならばリオ様の捕獲も容易かろう!!!」
「「「おおおおおーーーーーっ!!!!!』」」
宝箱の中身を目にした瞬間、兵たちの不安は歓喜へと変わり、
一斉に右手の爪を胸に当てて忠誠の誓いを捧げた。
その光景は、まさに一国の命運を賭けた大遠征の始まりであり、圧倒的な緊迫感と気高さに満ちあふれていたのだった。
――だが。
その壮大なドラマが繰り広げられている頃。
人間界のリオの潜伏する高校の旧校舎にある卓球部の部室では、凄まじい大声が響き渡っていた。
「おいリオ!! なんだこの部室の有様は!!! どうなってんだ!!」
滅茶苦茶に散らかった部室を見回し、那須部長が血管を浮き出させて怒り狂っていた。
那須部長は咲良の幻術によって、女郎蜘蛛の妖怪に襲われた記憶を完全に消去されており、単に『リオが暴れて部室を大破壊した』と思い込んでいたのだった。
「ふっ……部長、落ち着け。これは『改装』だ。部長好みの部屋になったであろう?」
「んなわけあるかァァァァッ!!」
怒号を飛ばす那須部長の横で、咲良は玄米茶をすすりながら、呆れた目で二人を眺めていた。
(……まあ、本当の理由(萬天会の襲撃)なんて言ったら、部長の精神が崩壊しちゃうからね……。でもリオ、あんたの言い訳も相当ひどいわよ……)
心の中で呆れつつも、咲良の視線はふと、部室の隅――先ほどまで女郎蜘蛛の刺客が倒れていた床へと向かった。
(……それにしても、あの女……)
女郎蜘蛛の妖力を取り込んでいた僧は、リオの規格外すぎる回転スピンに破れたのち、命の灯火が消えるとともにサラサラと黒い砂のようになって霧散してしまっていた。
咲良は、部室の床に微かに残るその灰のような砂を見つめる。
夕暮れの茜色が壊れた壁の隙間から差し込み、砂粒を物悲しく照らし出していた。
(萬天会に妖力を奪われ、傀儡にされた妖たちの末路……。もし私が捕まれば、
私の両親も……郷の仲間たちも、みんなあんな風に消えてしまうのだろうか……)
一瞬だけ胸が締め付けられる。底知れぬ孤独と予感。咲良の瞳に暗い影が落ちる。
「僕の部屋はゴミ屋敷じゃねぇー!!!整理整頓された知的なお部屋だー!!!」
「仕方ない。それならば片付けることを許そう」
「お前がやれー!!!!」
バカバカしい怒号が、夕暮れの静寂をあっけなく吹き飛ばす。
暗い思考を破られた咲良は、一瞬目を丸くしたあと、ふっと自嘲気味に小さく微笑んだ。
(……考えても仕方ない。今は……)
咲良は湯呑みを置くと、二人のバカ騒ぎの中へと割って入っていくのだった。




