第12話:少女と共に歩む死者たち
ヴィオレッタ視点:
王都の空は、夕陽に染まりながらも不穏な気配を漂わせている。
尖塔の影が街路を長く伸ばし、王城の中では緊張が張り詰めている。
エドウィン皇太子の進軍が報じられ、その知らせは瞬く間に広まった。
戦略室では、いつものように紫色の戦闘用ボデイスーツを身に纏った私は広げられた地図の前に立ち、部隊の配置や要所を示す印に目を凝らしている。エレインとヴェレーナも私の両側に立ち、決意を秘めた表情を浮かべている。
「報告によれば、エドウィンの軍隊、...4師団にも及ぶ6万の大軍はソーン川を越え、急速に進軍しているわ」
私は地図上の印を指し示しながら言った。
「アウステルリンド公爵が彼らに加わっているとなれば、士気も高まっているだろう。...彼の名声だけで戦局が左右されることもあるから」
ヴェレーナが冷静に応じた。
父の名が出た瞬間、胸の奥にちくりとした感覚が走った。だが、感情に流されるわけにはいかない。
「迅速に行動しなきゃ駄目ですよね。王様は脆弱な状態にあり、都市の防備も以前ほどではありませんから」
子供でありながらも真剣な眼差しで会議に加わり、意見を述べているエレイン。
私もうなずき、思考を巡らせた。
「反乱軍を集結させ、城の周囲を強化しよう。ヴェレーナ、魔導士たちと連携して防護結界を設置してくれ。エレイン、外郭地区の市民の避難を指揮して」
「了解しました。市民の安全を確保しますよ、えへへ!」
エレインが力強く答えながら自信を示すような、どこか頼りない笑いでありながらも健気な精神力を持っていることはうかがえた。
あんな、......自身の中に眠っているのは古の闇神から代々受け継がれてきた悍ましい力が覚醒され制御下に置いたばかりなのに、...それでもあまり動揺したりせず、落ち込んだり絶望に落ちて暴走化したりせず、こうして普通にいつものように戻って普段通りに振る舞えるエレインを見るからに、かなりタフなメンタルの持ち主であることは疑いようのない事実だ......
(かくいう、私も負けてなどいられないわね!)
そう意気込みながら、周囲を見回し始める私。
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それから、三人がそれぞれの任務に向かう中、私は窓の外に目をやった。
夕陽が王都を赤く染め、迫り来る戦いの影が忍び寄っている。
王国の命運が私たちの肩にかかっている。今宵、眠ることは許されない!
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その夕暮れ時に:
王都の城壁を越えた戦場は、塵と血と砕けた旗が入り混じる屍の海だった。
夜明けと共に戦鼓が鳴り響き、正午を少し過ぎた今、世界は悪夢と化している!
エドウィン皇太子の軍勢――6万3千を超える兵――は、すでに王冠を手にしたかのような傲慢さで進軍してきた―――!
鎧の隙間から覗く鎖帷子が陽光を反射し、整然と並んだ槍衾が波打つ様は、さながら銀色の海原のようだった。皇太子自ら白銀の甲冑に身を包み、深紅のマントを翻しながら先頭に立つ姿は、まさに「勝利の象徴」そのものと言えた。
「我が軍に敵う者などいない」
馬揺れの中で、金髪を風で靡かされてるエドウィンは確信していた。
斥候の報告通によれば、王都守備隊は4分の1が逃亡し、残りも士気低下していると彼が聞いたから。
皇太子直下の4准将に率いられる4師団からなる6万兵だけじゃなくて、アウステルリンド公爵の精鋭三千も側面を固め、傭兵隊長ガルドスの弓騎兵団までもが背後を守る。万全の布陣を敷いたとも言える、皇太子の軍勢だ。
だが、その行進は、想像を絶する恐怖の嵐によって止められた―――!
反乱軍が昨日、導入したばかりの軍服も子供用の着てるエレインは前線に立ち、両手を広げ、小柄な身体から不気味な灰色のオーラを放っている。
「これより進ませたりはしませんッ!正義があたし達と共にあるから、どうなっても知りませんからね、戦いを先に仕掛けてきた、実の父をも打倒しようと動いたその裏切り者は!」
力強い声と目で宣言したエレインは、やがて―――!
「ぐッ~!うわあああああ―――――――――――@!!」
ついに、自らの意志で、『変身』したエレイン―――!!
「殿下、あの小娘がどうやって――!?」
副官の言葉は、地平線に現れた「影」によって遮られた――!
エレインの瞳は漆黒の沈黙の池のようで、オレンジ色の髪は風もないのに不自然に揺れている。
最初は微かな振動から始まった。
ゴゴゴゴゴゴゴ―――――――――!!
馬具の革紐が不自然に震え、兜の前立てが音もなく揺れる。
やがて大地そのものが蠢き出したかと思うと、前衛部隊の真ん中で地面が蜘蛛の巣状に裂け始めた。
「地割れだ!散開せよ!」
ひび割れた地面から、餓えた亡者たちが湧き出した―――!!
「ぐけけエエ~!」
「アぐあくケエー~!」
「はぐええーー~~!」
彼らは緑色の光を瞳に宿し、『闇神の巫女』となったエレインの命令に従っている様子だ。
兵士たちはその世も終わりかのような絶望した恐怖を抱く心境になりながら悲鳴を上げ、矢を放ち、祈りを捧げ始めた!
「何だ……これは……!」
エドウィンの白馬が恐怖で嘶き、前脚を跳ね上げた。
皇太子は必死に手綱を握りしめながら、戦場の中央に立つ一人の少女を見た。
小柄なその身体からは不気味な灰色と黒色が混じってるような不気味なオーラが渦巻き、オレンジ色の髪は風もないのに蠢いている。
彼女――、エレインの周囲では、空気さえも歪んでいるように見えた―――!
「あれを倒せ!弓隊!」
皇太子の命令は即座に実行された―――!
ビュウ―――――!ビュウ―――――!ビュウ―――――!ビュウ―――――!ビュウ―――――!
ビュウ―――――!ビュウ―――――!ビュウ―――――!ビュウ―――――!ビュウ―――――!
百本を超える矢が一斉に空を切り裂いた!
だが、少女の眼前で矢は突然燃え上がり、灰となって散った。
その瞬間、彼女の漆黒の瞳が――!まるで深淵そのものがこちらを見下ろすように――エドウィンを捉えた。
「な、なんだあの目は―!?真っ黒なだけで白目も何もないぞー!?」
「殿下、このままでは正体不明な怪物との衝突になります!勝算と対処法が思いつかないうちに、今は撤退するのが最善かと―」
「撤退……?」
皇太子の唇が震えた。
喉の奥から湧き上がる生臭い吐息が、鎧の隙間から漏れる。
指先が冷たくなり、太腿が馬の腹に擦れて熱を持つのが感じられる。これまで幾多の戦場で味わったことのない、本能的な恐怖が脊椎を駆け上がった。
「殿下!背後にも亡者が!」
副官の絶叫と共に、戦場の風景が一変した――!
後ろにある、ひび割れた地面からまたも新たに這い出た亡者たちは、緑色の光を瞳に宿し、整然と――、まるで訓練された軍隊のように――包囲網を形成し始めた!
その数は瞬く間に皇太子軍を上回り、6万を超える兵士たちは文字通り「餌食」と化していった!
「神々よ……これは……」
エドウィンの視界の端で、槍兵たちの密集陣が崩れていく。
甲冑をまとった精鋭たちが、骨と腐肉の塊に引き倒され、生きながら肉片にされる。重装歩兵の鎧は亡者の指にとっては薄紙同然で、緑色に光る爪が簡単に鉄板を貫く。
グサ――――――!!
「ぐあッー!?」
背後から胸を亡者の『腕』によって貫かれ、穿たれた者までも―――!
「撤退だ!全軍、撤退――!」
中には剣を捨てて逃げ出す者もいたが、跳びかかる亡者に捕まり、四肢を引き裂かれた――――!!
グチュ―――――!
グチャ―――――!
「がッ!」
「うがッ!?」
一時間も経たぬうちに、エドウィンの軍勢の八割以上が消え去った――!
喰われ、潰され、風に散った。
私は丘の上からその光景を見下ろしていた。
顎を引き締め、拳を握りしめながら。奴隷商人や悪魔、裏切り者たちと対峙してきた私でさえ、膝が崩れそうになるのを感じた。
「神々よ……」
隣でヴェレーナが呟いた。
聖なるメイスを握りしめながら。
「彼らが哀れに思えてくるわ……」
私は何も言えなかった。
エレインは怪物を従えたが、その鎖は影で編まれ、彼女にしか聞こえぬ邪悪な囁きを放っていた。
戦場の向こう側には、ただ一つの金の旗が翻っていた。
エドウィン王子が白馬に跨り、顔を蒼白にして震えていた。
包囲網から何とか脱出できた彼は既に戦場から退却するための動きを見せているようだ。
「こんなことが……あり得るはずが……」
彼は手綱を引きながら叫んだ。
「撤退だ!全軍、撤退――!」
だが、その命令も遅すぎたわ――!
何故ならー!
ビュー―――――――――――――――!!
鋭い風切り音が空気を裂いた。
銀髪と鋭すぎる黒いハイヒールブーツの影が崩れた防壁を駆け抜けたからー!
それを履いてる私は、血と怒りを纏った異様に高くて鋭利なヒールで戦場を駆け抜け、真っ直ぐにその部ヒールの先端をあの男に見舞いしようと―――!
黒いブーツをまとった影にも見える私が、崩れた防壁を越えて鎧を捨てたばかりの皇太子の近くまで飛来してきたのだ!
「エドウィン!!」
私は叫んだ。
皇太子の目が見開かれた。
その叫び声を聞いた瞬間、皇太子は理解したようなのね。これは単なる戦いではない。彼らが「狩人」だと思っていたものこそが、実は「狩られる側」だったのだとー!ふふふ~!
「王国の正義と未来のために、死ね――!」
私は回転しながら彼のこめかみに向けて蹴りを放とうとした――!
ズ――――――――!!
彼の親衛隊が反応する暇もなかった――!
ガシ――――――!!
だが、その一撃は届かなかった―――!?
手が――、確かな、手袋をはめた、見覚えのある手が、私の踵を空中で掴んだから――――!
(父上……!)
私のブーツは彼の掌の中で震えている。
目の前に立っていたのは、黒と銀の鎧を纏い、胸にアウステルリンド家の紋章を掲げた男。
かつて私に馬の乗り方、剣の扱い方、宮廷での振る舞いを教えてくれた人。
「お前……」
私は吐き捨てるように言った。
アウステルリンド公爵の表情は無表情で冷たかった。
「皇太子殿下には指一本も触れさせん」
私は怒りに声を震わせた。
「あなたは国王陛下を見捨て、簒奪者に加担した国賊よー!」
「私は秩序に従ったまでだ」
彼は答えた。
公爵の冷たい言葉が戦場に響く。その背後で、亡者たちの大群が最後の突撃を開始していた。太陽が沈みかけ、長い影がエドウィン皇太子とその残存兵を覆い尽くそうと、蠢き暴れ出していく――!
まるで、この世の終わりの序幕のように。
「これ以上、我が家の名誉を汚させはせん」
またも続いた『元』の父上である公爵。
「私はすでにその重荷を背負っている」
私は唸った。
「あなたが捨てた娘が、今、あなたの報いとなる!それ―――!」
ズシュー――――――!!
私は身体をひねり、もう一方の足で蹴りを放ったが、公爵は鋼の籠手でそれを受け止めた――!
「くツー!これで終わりじゃないぞ!」
タタタタ――――!
その間に、皇太子は馬に拍車をかけ、背後の丘の安全地帯へと逃げ去った。
戦いは一時停止し――時間さえも息を呑んだ。
父と娘が、踵と掌で、剣と魂で向き合って、戦っている――!
そしてその上空では、エレインの亡者たちが、沈みゆく太陽の最後の光の中で咆哮していた。
「ぐけえぇ―――――!!」
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