第10話: 背に宿す鋼、傍に寄り添う影
ヴィオレッタ視点:
風が泣いていた。
崖の上、反乱軍の野営地。
あの切り立った崖の縁で、私は風の遠吠えに耳を澄ませている。まるで喪に服す狼たちが、この夜に悲しみを重ねているかのようだ。
私は立っている、裂けた反乱旗の下、あの忌まわしい王家への抗議の象徴のもとに。
銀白の三つ編みが背で鞭のように風に打たれる。高貴なマントはとうに捨てた。
今の私は、身体のラインにみっちりぴっちりと張り付いてる紫色のボデイスーツ、いつものものよりも鋭く鋭利はハイヒール靴を履いている。
手袋は焦げ、泥にまみれていた。
だが――、今の私の目だけは、曇りなく澄んでいる。誰にも揺るがせはしない。
崖下では兵たちが動いている。
槍の隊列、魔法の訓練、戦術演習......
猶予はもうない。王太子の軍が間もなく迫る。そして、次の戦いに“次”は存在しないだろう。
マークはまだ目を覚まさない。
肋骨を私の蹴りで砕かれて以来、あまり動かずにいて、今は癒しの天幕で療養のため眠りについている。あれ以来、誰一人として私に異議を唱える者はいない。修行を重ねてきた私とはいえ、女性が自分より年上の男性を打ち負かせた衝撃が大きかったはず。彼らにとって。
なので、私は彼らに「恐れられる資格」を得たという訳。
だが今、私に必要なのは――!
「忠誠」、そして「希望」。
ふと目をやれば、野営地の端で少女が一人、砕けた岩の横に座っている。
エレイン。
膝を抱え、身じろぎもせず。
彼女の周囲には常に病的な冷気が漂っている。草は枯れ、鳥たちは彼女を避けて飛んでゆく――!
私は黒ずんだ草を避けて、静かに彼女のそばへ近づいた。
「エレイン...」
私は膝をつき、声をかける。
「……調子はどう?」
彼女は顔を上げない。
「...また囁いてる」
「――グールたち?」
「......」
声も出ずうなずいた少女。
出そうとしても声はかすれ、風に消えそうだった。
「“引き裂け”って。“喰らえ”って言ってる。あたしが“お母さま”だって……。」
私は喉を鳴らし、表情を崩さぬように努めた。
「でもあなたは違う。あなたは“あなた”よ。古の闇神の器なんかじゃない」
ようやく彼女が顔を上げた。黒く輝く瞳に、ほのかに光が宿っていた。
「パパは……戻ってくるの?」
私は息を飲み、間を置いて答えた。
「戻ってくるわ。あの人は、オルフェミは――必ず戻る!...あの人が戻るまで、私が君を守る。...いや、『私たち』が……、君を守ってみせる」
エレインの顔に浮かんだのは、哀しみか、それとも後悔...
そんな表情だった......
「でも……わたしの方が、貴女達を守れなかったら……?」
その時――!背後から、足音と祈りの気配が近づいてきた!
振り返れば、修道女のヴェレーナ。
黒光りするタイツと艶やかなヒールのまま、魔導書を胸に抱えて歩いてきた。
魔杖はその魔導書から召喚され、槌鉾もその中に保管できる優れモノの魔道具って役割も果たすようだ。
(本当に、...何でもありな万能急な本なのね...)
あの聖なる結界で私たちを救ってくれた彼女ですら、今はどこか不安げな表情をしている。
「エレイン」
彼女はそっと言った。
「その時が来たら、また一緒に“儀式”を行おう。貴女はもう、ひとりじゃない」
シスター・ヴェレーナに続いて、私は屈んでる姿勢から立ち上がり、そっとエレインの肩に手を置いた。
彼女の肩は震えている――!けれど、振り払うことはなかった。
「古闇の邪神は、あなたのすべてを決める権利がないわ」
私は、そう言った。
「...あなたが“それをどう使うか”が、あなた自身が決めるの」
ビュー――!
風が吹いた。言葉を運んで、夜の彼方へ舞っていく。
私は祈るように、心の奥底で願った。――あの人に届いて、と......
なぜなら、もうすぐ――!
嵐が来る!
そして私たちは、生き残るために、自分のすべてを賭けて戦うことになるのだから。
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