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第4話:その靴が似合うならね、オルフェミ……

ジャスミンの香りが部屋にふわりと漂っていた。落ち着く匂いだ。ここはレイザリア姫が魔術研究用に使っている部屋で、今では古い魔導書の紙擦れの音と、長年沈黙していた魔具たちが静かに目を覚ますような響きで満ちていた。


彼女はクリスタルで組まれた転移ポータル検知装置の前に立ち、唇を噛みながら何かを必死に考えていた。


王立図書館の異界理論に関する書物を片っ端から引っ張り出し、俺がこの世界に来た手がかりを探し続けていた。


俺は窓際に座り、ぼんやりと外を眺めていた。昨晩よりはマシになったけど、胸の奥のざわめきはまだ消えなかった。ヴィオレッタ様のこと。エレーヌのこと。あの忌まわしい伝言で見た地獄の光景......


「異界干渉の痕跡を三つまで絞り込めたわ」

王女が金髪の髪をかきあげながら言った。

「あなたがこの世界に来たときの魔力残留を辿れば……帰還用のポータルを逆算できるかもしれないの」


「……本当に?」

思わず声が出た。

「俺が帰ってしまっても?」


彼女は振り返り、優しい声で言った。

「オルフェミ、無理に引き止めるつもりなんてないわ。あなたが行くべき場所があるのなら、私は力を貸したいだけ」


視線を落とす。


胸が熱くなった。


感謝と、不安と、罪悪感が入り混じって言葉にならなかった。


そんな空気を感じ取ったのか、レイザリア王女がこちらへ歩いてくる。長い脚が高いヒールの音と共に、優雅に大理石の床を鳴らす。


彼女は俺の前でぴたりと止まり、くるりとポーズを決めた。肩を張り、腰に手を添える。


「ねぇ」

いたずらっぽい声。

「危険な魔術実験に挑むなら、もっと華やかな格好をしないと」


「……は?」


彼女は自分のヒールを指差した。漆黒で光沢のある、あり得ない高さの靴。


「これなんてどう?“私は人智を超えた魔力を操る女です”って感じ、しない?」


俺は首を傾げた。

「……まさか、俺に履けって言ってるのか?」


彼女はニヤリと微笑んだ。

「いいじゃない。脚は長いし、筋肉のつき方も綺麗。謎めいてて、上品で……似合うと思うけど?」

「ぷーー!ぷははははは~!」

思わず吹き出した。最初は小さな笑いだったのに、どんどん大きくなって、気づけば本気で笑っていた。

「あははは~、そんなもん履いたら、派手に転んで首でも折るわー!」


「それはそれで、悲劇的で美しい最期ね...」

彼女は肩をすくめて言う。

「“優雅なる勇者オルフェミ”、記念像でも建てましょうか」


また笑ってしまった。今度は心の底から。


手の力が抜けて、冷たかった胸の奥が少しだけ暖かくなった。


「ほんと、あんたって変なやつだな、レイザリア姫...」


彼女の表情が和らいだ。

「笑ってくれて嬉しい。少しでも気が紛れるなら、それでいいの」


俺は、彼女を見た。ちゃんと、見た。

疲れが指先にまで滲んでる。でも、その目の奥には揺るぎない意志があった。


これは俺のためだけじゃない。彼女自身が、心から動いてる。


「ありがとう」


「何に対して?」


「俺が一人じゃないって、思い出させてくれたことに...」


彼女は一歩踏み出して、そっと俺の手に触れた。

「あなたは独りじゃないわ。ヒールでも、タルトでも、異界のヴェールをぶち破ってでも……私はあなたの帰る道を一緒に探す」

「うん」

俺は頷いた。


目の前に広がる魔導書と水晶たち。そして、その向こうに続く道の先に、ヴィオレッタ様たちが待っている。


帰還の旅路は、ここから始まろうとしていた。

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