第41話:二つの世界にまたがる月光
宮廷の庭園は夜になると違う顔を見せた。より静かで、より柔らかく。
昼間は完璧に刈り込まれていた生垣も、今は月光の下で長い銀色の影を落としている。大理石の噴水は輝きを失い、静かに冷たく佇んでいた。コオロギの鳴き声は故郷の夕暮れを思い起こさせる遠い合唱のようだ。
それでも、俺はまだ故郷から遠く離れている事を実感せずにはいられない。
古いバラの木の下にある石のベンチに、習慣で背筋を伸ばして座っていたが、思考は別の場所を漂っていた。俺が去った世界と、偶然足を踏み入れたこの世界の狭間で。シャツの襟がそよ風に揺れるのも、ほとんど気に留めなかった。
だが、彼女の存在には気づいた。
すぐにはわからなかった。最初は砂利を踏む柔らかな音──計算された、意図的な足音。近づいてくる気配だが、急いではいない。そして振り向いた。
レイザリア王女。
彼女は自分が美しいことを知らない絵画のように立っていた。両手を前で組み、月光に照らされた金髪。命令的な視線ではなく、好奇心に満ちたまなざしで俺を見つめている。
本能で立ち上がった。淑女が来れば必ず立ち、王族が近づけば必ずお辞儀をする。
「殿下」
彼女の返事は意外なものだった。
「レイザリアでいいわ...」
優しく言った王女。
「同じ奇妙な庭園で迷った二人の間には、称号などいらないでしょう?」
その言葉に俺は微笑んだ。
ベンチを手で示した。
「では、レイザリア、俺と一緒に座ってくれませんか?」
彼女は座った。いつものように優雅に、だが今夜は何かが違った。空気に重みがある。二人の間には沈黙が流れ、風に乗ってバラの香りだけが漂ってくる。
そして彼女は静かに言った。
「今日、兄君に言った言葉を聞いてしまったわ」
俺は彼女の方に向き直った。驚きではなく、ただ…心を開いて。
「そうですか」
俺は言った。
「...全て本心ですよ」
「わかっているわ」
彼女は言った。
「だからこそ…深く胸に刺さったの」
これは予想外だった。驚きではなく、理解として。
彼女は真剣に耳を傾けていたのだ。疑念からではなく、おそらく…彼女自身がそれを聞く必要があったから。
そして彼女はさらに繊細な声で続けた。
「あなたは最近、白い肌の女性たちとしか接してこなかったと言っていた。でも、彼女たちの間で本当に受け入れられたと感じたことがあるかは言わなかったわね?」
「ふー...」
俺は一息ついた。
「ありますよ」俺は言った。
「すぐにではない。でも大切な人たちは…肌の色の向こう側を見てくれた。いずれ、俺もそうするようになった」
彼女は自分の手を見下ろした。濃い赤色のドレスに映える白い手。俺の黒いのとはまったく違う。だが、それにはどんな意味があるというのだろう?
そして彼女は優しく尋ねた。
「...ワタシを見て、何を思う?」
今度は完全に彼女の方に向き直った。称賛するためでも、お世辞を言うためでもなく。
彼女の言葉の奥にある重みを理解しようとして。
「...誇り高い人だと思いますね」
ゆっくりと言った。
「孤独感に苛まれるかもしれない。だが誇りがある。鋭く、見せている以上に強い」
一瞬躊躇い、次の言葉を口にするべきか迷った。
だが言った。
「そして、......美しい」と続けた。
「そう。それ以上に。あなたは本物の王族だと感じる何かが。...王冠を盾のようにではなく、剣のように身につけている」
彼女は息をのんだ。まるで痛いところを突かれたように。
一瞬、庭園の景色が薄れた。宮殿も、王国も、義務も──全てが消え去った。
そして彼女はかすかに微笑み、言った。
「...異国の王女にいつもそんなことを言うの?」
「称号の向こう側を見せてくれる王女にだけですよ?」
俺は迷いなく答えた。
その言葉で彼女は俺を見た──、目だけではなく、何か別のもので。脆い何かで。
その瞬間、彼女はエスカルディア王国の王女ではなくなった。
ただのレイザリアという10代後半の少女だけだった。
そして俺はただ、彼女の隣に座り、二つの世界の狭間にいて、静かで確かな小さき熱情の炎に引き寄せられる一人の男にすぎなかった。
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