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第39話:すべて赤く染まるだけ

オルフェミ視点:


トントン!

ノックの音が、夜明けと共に扉を叩いた。

鋭く、迷いのない音。まさに、王女らしい!


重たいビロードの寝台から体を起こすと、胸にまとわりつく絹のシーツが微かにすれる音がした。朝の冷たい空気が肌に触れ、ぼんやりしていた意識が現実に引き戻される。


そして、扉越しに響いたあの声。


「起きなさい、異国の者。王族のお客様が、...兄があなたをお待ちよ」


レイザリアだった。


急いで身支度を整え、髪を手櫛で整えると扉を開けた。

カチャー!


彼女は乗馬用の服に身を包み、金色の髪を赤いリボンで後ろに結っていた。いつもより落ち着いて見えたが、その姿勢にはどこか落ち着かない気配が滲んでいた。


「兄のチャールズ王太子が騎士修行の旅から戻ったわ。異界から落ちてきたという、誇り高い妹の心を奪った男に会いたいそうよー」


その最後の言葉は、ほとんど独り言のようだった。

俺は何も言わずに、ただ頷いた。


陽が高くなった頃、城の大広間のひとつへ案内された。


ステンドグラスから差し込む光が床に色とりどりの模様を描く、美しい空間だった。


そして、彼はそこにいた。


チャールズ王太子。高く、逞しい体躯。

妹と同じ金髪を短く整え、黄金の鎧には飾りではない、戦いの傷跡が残っていた。


だが、俺が最も驚いたのは、その外見でも威厳でもない。


――握手だった!

ガシ―!

力強く、誠実で、ためらいのない握手。まるで、昔からの戦友のようだった。


「オルフェミ、だったな?」

と、彼は微笑んだ。

「妹の魔導通信機を通しての連絡事項に嘘はなかった。まさしく『異世界から来た男』という感じをしているな、お前」


俺は苦笑する。

「よく言われます」


料理が運ばれ、酒が注がれ、会話は意外なほど自然に流れていった。


彼は高慢でも堅苦しくもなく、むしろ率直で、どこか俺に似た空気を纏っていた。気づけば、二人で笑い合っていた。


しばらくして、彼が酒杯を手にしながら言った。


「レイザリアから聞いたが、お前はずっと色白の女性たちに囲まれて暮らしているらしいな。悪く思うなよ? ただ…慣れてないんじゃないかと思ってなー?」


悪意はなかった。ただの率直な疑問。


俺は一瞬、目を伏せた。


けれど、すぐに息を吐き、小さく笑った。


「気にしてませんよ。でも、今回ようやく、自分なりの答えが見つかりました」


彼が興味深そうに眉を上げる。


俺は自分の手を見下ろした。

夜のように黒く、今では剣の訓練で固くなった手のひらだ。


「かつて、俺は自分の肌の色に悩んでいました。常に目立ってしまって、まるで世界の中で孤立してるような感覚だった。アンハ―ラ人であるということは、ただの色だけじゃない。文化であり、記憶であり、アイデンティティのひとつでもあるんです...」


そう語りながら、彼の瞳をしっかりと見据える。


「でも最近になって、もっと大切なことに気づいたんです。肌の色の違いにとらわれる必要はありません。大事なのは中身だって。正直に言えば……白い肌の女性も、好きになってきましたねー」


「...そう、かぁ...。...なら良いぞ、お前。ふーはははは!」

彼は一拍置いてから、思いきり笑い出した。


俺も口元を緩めながら続ける。


「もちろん、同じ肌の色を持つ人に出会えたら、それは安心感にもなるでしょう。故郷を思い出すような、星の下に一人じゃないと思えるようなポジティブな感覚にもなるでしょう。でも今の俺は、俺と似てる肌色が映される鏡ばかり探すのをやめましたよ」


声が、自然と静かに落ちていった。


「ヴィオレッタ、ヴェーレナ、エレイン……彼女たちとの時間が教えてくれたんです」


俺は杯を握り直し、彼に向かって言った。

「彼女たちは、喉が渇けば水を飲み、空腹になれば食べる。笑い、泣き、眠り、転ぶ。白くても黒くても、俺たちの血は――同じ赤なんですー!」


チャールズはしばらく黙っていたが、やがて深く頷いた。

「……レイザリアの言った通りだな。お前は僕たちが知るどの男とも違う」


そして、彼は杯を掲げた。

「ならば、赤き血に乾杯!」


俺も杯を掲げ、応えた。

「赤き血に。そして、それを包む肌にも!」


二つの杯が軽く触れ合い、俺たちは同時に飲み干した。

「「ごくっ!」」


異なる世界に生まれ、異なる社会的地位と身分を持ち、異なる道を歩んできた二人の男が――

今、ひとつの席で並び、対等に酒を酌み交わした!

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