第3話: 召喚と沈黙から始まる戦い
舞踏会の大惨事から三時間。
私は今、どんな地下牢よりも冷たい小部屋に独り座っていた。
正式な牢獄ではない――建前上は。だが実質同じことだ。
壁を柔らかくするタペストリーも、身分を思い出させる紋章旗もない。ただ石と沈黙、そして神経を逆なでする真鍮時計の刻む音だけ。
魔法で浮かんだ羽ペンが、私の眼前の羊皮紙に沈黙さえも「自白」として記録していく。
待たせればいい。
何も記録させなければいい。
手袋を整え、背筋は完璧に伸ばした。表向きは冷静で、落ち着き払い、微動だにしない。だがその下で、私の精神は雷雲のように激しく渦巻いていた。
引き延ばさせればいい、と自分に言い聞かせた。沈黙と遅延で私を干からびさせようとしても無駄だ。時間をかければかけるほど、奴らは手荒になる。
トトトー
扉が軋んだ。
皇太子でも王様でも、粉だらけの裁判官でもない。
オルフェミだ。
彼はまるで自分の部屋のように入ってきた――宮廷服は着ているが、襟は緩められ、袖は捲られて、腹立たしいほど均整の取れた漆黒の前腕を露にしている。
短い巻き毛は雨に濡れ、紫水晶の瞳は何か温かい――いや、危険なもので輝いていた。反抗と忠誠の狭間のようなものだ。
「通されましたの?」
意図せず棘のある声が出た。
「時間はかかった」彼は言った。
「『女傑付き騎士』だと主張してね」
私は瞬いた。「そんな役職はありませんわ」
「今からある」
彼は私の隣の椅子を引いて座った――政治的生命の瀬戸際にいるというのに、まるで庭園でくつろぐかのように。
「噂は速い。君はもう『トレヴァリスの鉄薔薇』だ。皇太子は? 折れた肋骨と共に自尊心を舐めているらしい」
思わず零れた――鋭く、面白がった息。笑いではない。
だがすぐに表情を引き締めた。
「これは単なる舞踏会の痴話喧嘩じゃない」
壁の向こうを見透かすように呟いた。
「皇太子は不品行や噂程度でなく、聖女の加護と後ろ盾を元に私を『反逆者』としての罪をでっち上げるつもりですわよ」
オルフェミの顎が引き締まった。
「罠だ」
「周到に仕組まれましたのよ」
私は頷いた。
「エリラ聖女の芝居で彩った公開裁判――本当の目的は、私が彼を追い詰める前に私を排除することですね」
「何かを知っていたのか」
彼は言った。
「あるいは拒否したのか?」
私は笑った。甘くない笑いだ。
「両方。文書がありますの。隠されているわね。皇太子は国の南部地方で私兵を養うために国費を横領しています。そして、聖女エリラと結婚したら自分の父を打倒するためのクーデターを起こすつもり、皇位継承権があるのにも関わらずですね。......まるで何かを急いているかのようですわ」
オルフェミは低く息を吐いた。
「君を潰すことで、自分が潰されるのを防ごうとしたのかもしれないな」
私は完全に彼に向き直り、光に瞳を煌めかせた。
「それでも、私は先にあの舞踏会で彼を潰しておきましたわよ?」
「あはははー!それもそうだな!」
彼は笑った――神よ、その笑顔。
「非常に劇的に、と言っておきましょう」
トントン!トントン!
ノックが瞬間を切り裂いた。
伝令が頭を出した。
「ヴィオレッタ・フォン・アウステルリント令嬢。皇位高等評議会は月曜法廷での弁明を召喚する。準備せよ」
準備?
私は顎を上げ、伝令の目を氷の微笑みで捉えた。
「...愛しい人よ」
冷ややかに言った。
「私は生まれながらにして何に対しても完璧に準備できているのよ」
扉が閉まり、再び沈黙が訪れた。
オルフェミに向き直る。
「明日、評議会の前で晒し者にされるはずですわ。公開でね。彼らは私の名を汚し、言葉を捻じ曲げ、最初から傾いた天秤で価値を量るですのね」
オルフェミは身を乗り出し、手を組んだ。
「で?」
「私は終始微笑むつもりですよ?」
私の唇が鋭く、危険な曲線を描いた。
「......悪女が欲しければ――」
胸に再び灯った炎。恐怖などない。
ただ決意だけ。
「叶えてあげますわ、おほ!」
冷たくて、どす黒い感情が私の胸の奥底から滲み出てくるのを実感した!
...............................