第35話: 黒曜石と象牙の鏡、二つの世界の狭間にいる漆黒の剣士...
その後....
月光が銀の川のように床を這い、バルコニーに立つレイザリア姫を冷たい光で照らしていた。
彼女の金髪は夜の闇に浮かぶ陽光の糸のようだ。
俺はドア枠にもたれ、腕を組んだまま静寂に安らぎを感じた。
宮廷庭園は水底のような静けさに包まれていたが、この高みでは──俺たちの間で、静かな嵐が渦巻いていただけだ。
「随分と忠誠を誓っているようね、その…ヴィオレッタって女に...」
レイザリア王女がついに口を開いた。
背中はまだ俺に向けたままだ。声は冷静だが、その下には張り詰めた弓の弦のような緊張が隠れている。
彼女が振り向き、大理石の手すりにもたれかかった。胸の下で組んだ腕。青い瞳が薄暗がりを切り裂き、まっすぐに俺を捉える。
「あなたが語る女たち──ヴィオレッタに、修道女のヴェーレナ、あの小娘のエレインまで…皆、雪のように白い、と言ったわね?」
王女はついに、その明白な事実を言ってきた!
「あなたと同じ肌色の者は一人もいないと、あなたの話から聞いていた通りなら...」
顎に力が入るのを感じたが、俺は何も言わなかった。
「どうしてかしら?...偶然?それとも…」
彼女は首を傾げ、
「何かから、いや、誰かから逃げているのー?」
「......ふぅぅ...」
俺はゆっくりと息を吐いた。
「...こんな人生は望んだ事はなかった......」
声を低めて言った。
「故郷を引き裂かれた、奴隷として売り飛ばされてきた実の母、そしてその後は母と事を成した、トレヴァリス帝国に訪れたアンハーラの貴族家、キャクワール公爵との間に俺が産まれた。で、その後は両国を外交官として行き来しながら、滞在先を転々としてきた俺は白い石の城や貴族の紋章、見知らぬ神々の世界に放り込まれることなどになってしまったんだ......」
なにせ、あの不思議な、神々が残してくれた『あれ』も元の世界で手に入れてきたばかりだったからなぁ、悪霊と皆で戦った時のあの地下廃墟で......
「.........」
彼女は黙ったままだった。
「白い戦士たちと戦い、白い少女たちを守った。そして──確かに、......白い女に従った。彼女は俺に目的を与えてくれた。たとえその命令が、今も修復しようとしている俺の何かを壊したとしても」
一瞬俯いた。記憶の重みが胸を圧迫する。
「......肌の黒い女を避けているわけではない」
今はさらに声を落として言った。
「ただ…この世界にはいないのだ。故郷のような女性は。俺を育て、共に踊り、戦った女たちのような。母のような真夜の編み髪も、義理の姉のような炎の瞳も、お婆さんのような声も…」
言葉を切った。......でも、ないものねだりしていても仕方ないだろう?
白い女に囲まれるばかりの人生を送るのが俺の宿命ならば、それに対してどうして異議を唱える必要があろうー?
...俺、レイシストではないので、どんな肌してる女を側に置く事に抵抗感がないぞ?
でも、確かに故郷のアンハーラに居た頃、俺と同じ肌色してたあの女性達を忘れるはずがないけどね...
「マンゴーの木の下で笑っていた」
遠い目で呟いた。
「太陽に照らされた彼女の肌は黒曜石のように輝いていた。本物で、強く、俺以上のものだった」
俺に剣術を教えてくれた義理の姉、チオマイェ...
だが彼女はここにはいない。残っているのは記憶の中の残像だけだ。
「...愛していたと思う」
続けた。
「だが多分、彼女が象徴するものをもっと愛していた。この狂気が始まる前の、彼女と一緒にいた頃の俺自身を...」
実際に、ただの母の腹の違った『義理の姉』だけだったので、チオマイェに対して抱いていた愛の感情があったっていいだろう......
レイザリア王女が一歩近づいた。
カー、カー、カー!
ヒールの音が大理石の床に柔らかく響く。
「ならばー」
王女は声を落として言った。
「あなたは嵐の中の流木のように、これらの白い女たちにすがりついたのね?彼女たちがあなたのものだからではなく…あなたがもう故郷のものではなくなったから...」
顔を上げた。彼女の言葉は予想以上に深く突き刺さった。
「説教するつもりか、王女さん?」
「ふふふ......」
彼女はかすかに微笑んだ。
残酷ではなく──興味深そうに。...でも心なしか危険な笑みだ。
「いいえ」
さらに近づきながら言ってきた。
「理解したいのよ。そして多分…あなたの事を誘惑したいと思う」
「誘惑?」
俺は目を細めて反復した。
彼女はすぐ目の前まで来た。
指が微風のように上がり、一度──心臓の真上で俺の胸を軽く叩いた。
「あなたは故郷から遠く離れてしまったと言ったよねー?」
囁くような声。
「でももしこの世界が、異邦人という表面を見ず、傷跡も肌色も越えて、一人の男として、戦士として、黒曜石肌の英雄と炎の魂としてあなたを見る者がいるとしたらー?」
俺はたじろがなかった。動かなかった。だが何かが揺り動かされた気がした。
「そんな女は、何を代償に求めるのか?」
かすかな声で俺が王女に対して問うた。
「ふふふ...」
レイザリアは悪戯っぽく笑った。
瞳には戦場で見たあの予測不能な輝きが浮かんでいる。
ヴィオレッタみたいな目しやがって。
「今は…何も必要としてないのよ?...あなたから......」
彼女は言った。
「...だけれど、長く留まれば──跪くことを求めるかもしれないわー、何となくね?ふふふ...」
間を置き、声を深く、絹のように滑らかにしながら続けた。
「鎖で縛られたわけでも、服従でもなく。国の第3番目偉い者として…王女の前に...ね?」
その言葉を受けて俺はレイザリア王女を見つめ返している。
そうかあー。
背後には紫炎の冷徹女。悪白女のヴィオレッタ...
トレヴァリス帝国に属している公爵令嬢。
眼前には黄金の女傑女。才色兼備のレイザリア...
エスカルディア王国の王女。
そして俺は──二つの真っ白い太陽に挟まれた黒曜石だった。
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