第33話:権力の食卓
エスカルディア王国の王城にそびえ立つ大理石の尖塔の向こうに太陽が沈み、宮殿を黄金の炎で染め上げていた。
俺は珍しいガラスのモザイクと香り高い蔦に飾られたアーチ道を歩いたが、その美しさに心を奪われることはなかった。ヴィオレッタ様の方が恐ろしくとも美しいと思うから。
道中、通り過ぎるたびに屈礼する使用人たちにはまだ慣れていない。たとえ王女の命令で俺に対して必ずそうしているようになっていても。...心の底から俺に対して本当に敬ってくれるのではなく、他人であるあの王女の命で動いているだけだったからなぁ......なので、慣れようはずがないんだ。
柔らかなサンダルにも、この息苦しい宮廷服──銀糸で刺繍された黒い服に深紅の帯をきつく締めたこの格好にも。
カチャカチャー
二人の騎士が無言で俺を挟み、鎧の金属音が規則正しく響く。
バルコニーホールに着くと、長い食卓の上に魔法の光の玉が浮かび、花びらが供物のように散りばめられていた。甘く計算された香の煙が漂う。すべてが用意されていた。
俺もまた、そうだった。
テーブルの端で、彼女はまるで太陽そのものを統べるかのように座っていた。
レイザリア王女だ。
捕らえた陽光のような眩しい黄金色の髪、夜色に近い感じの紺色の複雑な意匠がしてるガウン。額の銀のサークレットは控えめだが、その視線は決してそうではなかった。
「意外にも上品になるものね、あなたに着させた礼服も」
彼女は村一つ分の収穫に値しそうな赤ワインを啜りながら言った。
「人を駒のように扱うのはお手のものだな、王女様は......」
俺は硬い背筋で席につきながら返した。決してくつろげない。
「くすくす」
彼女は悪戯っぽく笑った。
「食事も始まっていないのに。言葉の刃交わしは後にしませんか?」
給仕たちが料理を運んできた──梅酒グレーズの鴨のロースト、ニンニク詰めの野菜、そして
「ルマフィグ」と呼ばれる不思議な光る果実。
これほど輝く食べ物など見たことがなかった。食べるべきか観察すべきか迷ったぐらい......
フォークを手に取ると、彼女の視線を感じた。一挙手一投足が記録され、評価されているみたいだ。
「それで...」
彼女はガラスを指で軽く叩きながら切り出した。
「あなたの来た…異世界は、こことどう違うの?」
俺は一瞬考えた。嘘は無意味だ。
「ある面では進んでいる。魔術ではなく機械も少数だがある。光と鋼鉄に満ちた都市だ。だが人間は? 依然として権力に飢えている。それは変わらない......」
彼女は興味深そうにゆっくり頷いた。
「そしてあなたは? あちらでは何者だった?」
一瞬俯いた。
「戦士だ。保護者。そして…居場所を探す者...」
彼女の表情が──わずかに柔らかくなった。
「興味深いよ、それ。黒曜石のような肌に鷹のような目をした男を見るのは初めてよ。その対比は…印象的。...我々が交易する南方の部族でさえ、あなたのような黒さではないわ。薄茶か薄過ぎず濃すぎない褐色の中間色くらいの肌色だ。だがあなたのは…」
身を乗り出した。空気が変わった。
「あなたの名前は?」
訊かれたので、嘘はつかずに本当のことを言う、
「...オルフェミだ」
「まあ、それは素敵な名前だわ~。異国情緒あって興味深い響きね。...そして、あなたの故郷の人々は、皆あなたのような見た目ばかりなの?」
その言葉に悪意はなかったが、重みがあった。
好奇心と何か他の感情が混ざっている。魅了されているのか? 異国趣味なのか?
「いるが、全員ではない。俺のアンハーラという民は…かつて帝国だった。大陸を支配していた。でも、...千年以上前の話だ。時の流れに埋もれた歴史の一端だ」
彼女はグラスを上げた。
「ならここに来て正解だったわ。ワタシは存在感のある者を忘れないつもりよ」
首を傾げた。
「存在感か、あるいはただの有用性なだけかー?」
彼女は気にせず笑った。
「くすくす、両方よ。あなたは世界の狭間に立つ男になるわ。ワタシと共にいれば、この王国をあなたの故郷にもできるよ?」
目を細めた。
「なぜ俺を?」
「あなたが興味をそそるからよ、オルフェミ。ワタシはめったに平民の男に対して興味を抱かない女だったわよ?」
その言葉は長く尾を引いた。
視線はさらに長く。
庭園からハープの音が、哀愁を帯びて漂ってきた。
そして彼女の声がさらに低くなる。
「教えて…あの世界に、想いを寄せる人はいるの?」
ヴィオレッタ様の姿が脳裏に刻まれた。
銀の瞳。命令。
胸に押し付けられるヒール。俺を「有用」と呼び、従えと微笑む声。
「…いる」
ようやく口にした。
やっぱり、俺にはヴィオレッタ様の存在が必要だ。だから、最初のあのボールルームにて彼女をあそこから連れ出したんだ。...最初は彼女の銀髪と整ってる容姿に惹かれたが、徐々に彼女の威圧的な言動も周りを凍りつけられる冷たい殺気と女王様風なオーラも素敵だと思い、俺の中の、『強き女性のことが好きだ』って趣味嗜好が再認識され、確かな『恋慕』として進化した感情になったんだ......
レイザリア姫の顔を何かがよぎった──面白がっているのか? 嫉妬か? あるいは両方かー?
「あなたを手放すとは愚か者ね...」
疲れた笑みを浮かべた俺は、
「まだ手放されてなどいないぞ?不可抗力でここへ飛ばされてきただけの話だ」
「...そう」
毅然とした態度できっぱりとそう言ってやったら、レイザリア王女はすぐさま立ち上がり、ヒールの音を響かせながらテーブルを回った──ゆっくりと、計算された動きで。
そして、俺の横に来ると、身を乗り出した。
白い指先が俺の黒い顎の下をなぞる。
「なら、彼女が後悔するほど長く、ここにあなたを留めさせてあげるわ」
俺は動かなかった。言葉もなかった。
だが、奥深くで何かの緊張めいたモノが走った気がした。
その時──再び空気が変わった。魔法が雷雨前の静電気のように肌を刺す。
ゴゴゴゴゴ..........
震動。
レイザリア姫がさっと離れ、警戒した目つきになった!
「今のは?」
次の瞬間、扉が勢いよく開いた。衛兵が青ざめて駆け込んできた。
「殿下! ポータル異常発生です! 外庭園に何かが──!未登録の魔術反応みたい!」
「「-!?」」
俺も王女も既に立ち上がり、剣に手をかけていた。心臓が高鳴る。
まさか──?
向こうの世界から、誰かが俺を探しているのか?




