第31話:異世界の王女
オルフェミの視点:
俺はまだ松明の揺らめく隠れ家の廊下を歩いていたはずだった。ヴェレナの甘ったるい言葉が耳に残り、ヴィオレッタの鋭い視線が皮膚に焼き付いているような感覚──その瞬間、世界が歪んだ。
キ――――――――――――ン!!!
耳をつんざく金属音。足元の石畳が光に飲まれていく。
(何が──)
次の瞬間、俺は豪華な寝室に放り出されていた。分厚いベルベットの絨毯に足を取られ、前方によろける。
(これは…どこだ?)
磨き上げられた大理石の壁。
天井から吊るされた水晶のシャンデリア。
窓もないのに揺れるタペストリー──その豪華さは王宮か?
「きゃああっ!」
甲高い悲鳴が響く。
(敵か?)
咄嗟に手を柄にかけながら顔を上げると、そこには…
「無礼者!!」
金髪の少女が震える指先で銀の笏を突きつけていた。鮮やかな赤色のドレスに覆われてる以外の身体はヴィオレッタ達に負けないほど白い肌。真っ白い手袋の他に、高貴な雰囲気を醸し出すオーラ。
(王族か!)
「待て。俺は──」
「衛兵!侍女!この卑しい侵入者を──!」
少女の声は宮廷全体に響き渡りそうな鋭さだ。
(まずい。誤解を解かねば)
「魔術で引き込まれたんだ!こちらの意思ではない!」
王女と思われる金髪少女は唇を尖らせた。
「このアウレリアの言葉を話すのに、そんなに流暢な蛮族がいるものか!」
(『このアウレリアの言語』が理解できる?...アウレリアって名前も、今まで読んできた本の中から全くと言っていいほど聞いたことがないし、やっぱりここは異世界かー!)
俺はゆっくりと両手を開いて見せて、それっぽい理由で誤魔化すことにした。
「...旅の途中で覚えた」
彼女の青い瞳が俺の肌色を舐めるように下る。俺の黒檀のような肌。故郷の部族の刺青。戦いで鍛えた体躯。
「…単なる密林にありそうな部族の戦士にしては鋭い観察眼と洞察力、...ものを分析する知力が高そうね......」
(俺と同じく鋭い観察眼だ)
王女は牝豹のような足取りで周りを回り始めた。裸足のつま先が絨毯に沈む。
「でもあなたのその曲がりくねってる漆黒の剣とその縮れ毛、...どこにも見覚えがないわ...」
「当然だ」
俺は深呼吸してから言った。
「俺は…この世界の者ではないかもしれない...と思う...」
少なくとも、単なる他の大陸に飛ばされたって感じではない。
さっきのあの不思議な感覚の、...魔術的な何かが俺をここで転移させてきた以上、......なんか前に読んでいた『異世界系小説』の本に似ている現象過ぎたから......
王女の長い睫毛がぱちりと動いた。
「…まさか」
彼女は至近距離に寄ってきて俺の顔のある直前で足を止め、俺のことを睨みながら胸の下で腕を組んだ。数秒後、直ぐにその人差し指を俺の顎に触れそうな距離で近づけて、言う、
「異世界?つまり、あなたはアウレリア大陸の人間ではない、と?そんな突拍子もない話、誰が信じると思うー?」
「信じられないというのはこちらの台詞だぞ?」
彼女は突然椅子に倒れ込み、白い手袋が嵌っている手でで額を覆った。
「ああ、神様!今日はもう十分なのに!次元の狭間から男が転がり込んで、私の寝室までに──!」
(どう反応すべきか…)
「双方にとって不本意な状況だ」
「黙りなさい!」
王女は笏で俺を指さした。
「ワタシはレイザリア・フォン・エスカルディア。このアウレリア大陸で最も高貴な血統の──」
「王女だと見た」
俺は彼女の頭に被ってなくてそこのテーブルに置かれてるティアラを一瞥し指さした。恐らく俺が転移してこなかったら寝るための寝間着に着替える過程でそのドレスを脱ぐところだったろう。
「だが俺には帰る必要がある。仲間が待っているんだ」
レイザリアの表情が微妙に変わった。怒りの中に、かすかな興味が混じる。
「…百の戦場をくぐった男のような目ね」
「数えてはいないけどな...」
(ヴィオレッタたちは今、どうしている…)
王女は突然、扇子のように手のひらを広げた。
「よろしい。当面の間はあなたを処刑せずにまず話を聞いてあげなくもないわ」
「寛大な措置に感謝する」
「ふん!客室に移動なさい。明日の朝までに、あなたが本当に異世界の住人か見極めてみせるわー」
扉の前で振り返る。
(この王女の目と高慢ちきな言動…どこかで見たことあるような......)
ヴィオレッタにも似た、高貴な炎を宿す瞳と上から目線の態度、高圧的な物言い......
だが彼女ほど冷たくはない。むしろ…
(......危険なほど情熱を帯びている)
扉が閉まる音と共に、俺は硬い壁に背中を預けた。
(どうやって元の世界に戻る? エレインは無事か? ヴィオレッタは──)
拳を握りしめる。黒い指節が白くなる。
(何としてでも帰還する!例えこの王女の王国全体が敵になろうとも...)




