第15話: 膝と口づけの教え...
中庭は淡いラベンダーの月光に包まれ、風ひとつ動かなかった。
私は中央に立っていた。絹やレースではなく、黒いベルベットのコルセットに合わせたグローブ、そしてもちろん――ハイヒールを履いた決闘の装いで。
「オルフェミ...」
鋼のように硬く、しかし囁くような声で呼びかける。
「今夜は私と稽古をしなさい」
彼は扉口で躊躇した。胸元ははだけ、先ほどの稽古の汗が乾きかけている。神話のように彫られた筋肉。彼の顔には迷いが浮かんでいた。
「申し訳ありません、ヴィオレッタ様…今は夜も更けています」
「それなら、すでに温まっているはずでしょう?」
タタタ......
彼はしぶしぶ一歩踏み出し、手は黒曜石のシミターの柄元に寄せたまま、まだ抜こうとはしない。
「どんな稽古を望むのか?」
「私が主導し、あなたが従う――その稽古よ」
私は一気に間合いを詰めた。
彼がかろうじて身をひるがえし、意表をつかれる。
私は低く旋回し、ヒールを閃かせて脚を払った。彼は踏み後に退き、かすり傷一つ避けた。
「手加減しているわね~?」
私が唸るように言う。
「傷つけたくないのです」
彼は静かに答えた。
「ならば、もう負けているよ、それが理由...ならー!」
ビュウ――――!!
私はさらに速く動く。
ズシュー!ズシャー!シュー!
蹴り。旋回。フェイント。
彼は一撃を防ぎ、もう一撃をかわしたが――最後の一閃、横回し蹴りは防げなかった。
彼の脇腹を直撃し、彼は呻きながら膝をつく。
完璧。
私は彼をゆっくりと取り囲み、膝をついた彼の胸の上下を観察する。
「強く、そして異国の闇を纏ったあなたが――いつまでも白いシスターの視線を浴び続けると思っているの?」
私は低く囁き、ヴェレナの甘い吐息と艶めくタイツを思い浮かべる。
「彼女があなたにとっての最初の白女だと思うー?」
彼の顎がきゅっと硬直する。
「そうじゃないわ」
私はささやく。そして、こう続く、
「私の方があなたにとっての最後の女だからよ。...主人としてはね、ふふふ......」
これでいいんだ。...まだ、この歪んでるような、気持ちの良い関係性を維持したい。だって、こうした方が楽しくて、私の征服欲が満たされるのだからよ~、ふふふ.......
私は片足を前に伸ばし、ポリッシュされた鋭いヒールを強調する。
「これをきれいにしなさい」
彼が瞬きする。
「何を――?」
私は眉を一文字に吊り上げる。
「蹴りの泥がついている。私は埃が大嫌いだから」
「........」
彼は逡巡した。
私は一歩前に踏み出し、ヒールを彼の胸元にそっと添える――試練の合図。
彼はうなだれ、やがて静かに跪いた。
ポケットから取り出した布で、アーチ部分を、つま先を、一つずつ丁寧に拭い始める。
動きは正確で、尊敬を込めて――しかし、その緊張と動揺がこちらにも伝わってくる。
そう。混乱。惹かれる堪能。
いい。
彼が磨き終えると、私はもうハイヒール靴に包まれている片方の足を掲げた。
「こっちも。終えたら――」
彼は動きを止め、こちらを伺う。
「......口づけをしなさい」
「ー!?」
彼が見上げる。
鋭く、獰猛な瞳。
だが私は動かず、その眼差しを同じような女目の鋭さで返す。
「...........ちゅっ」
遂に…彼は唇を寄せた。
ゆっくりと、畏敬に満ちた唇が革に触れる。
「...ちゅっ、くちゅ~......」
その瞬間、私にはわかった。
降伏の閃き。欲望のほとばしり。言葉にならぬ絆。
私は満足して一歩下がる。
「以上。解散していいわ」
彼は静かに立ち上がり去っていったが、一度だけ振り返った。
ただ一度。
私は月へ向き直る。
彼が私のヒールに口づけした。
そして今――
彼は私の残り全てに夢を見るだろう。ふふふふ~~。




