第14話:レースの下に燃える嫉妬心
邸宅は今、静寂に包まれていた。
中庭の石畳に飛び散った血は洗い流され、亡骸は片付けられ、負傷者のメイドたちには包帯が巻かれていた。
それでも、緊張は残っていた。
まるで貴婦人が去った後の香水のように――見えないのに、鼻を刺すほどに強く、しつこく漂っていた。
私は階段の上、厚いベルベットのカーテンの陰に身を潜めていた。
下のホールにはランタンの柔らかな灯りが揺れ、シスターであるヴェレナと漆黒肌の異国剣士、オルフェミが静かに言葉を交わしていたのが見えた。
エレインはその傍らで、絨毯の上に座って木製のパズルを遊んでいる。
……盗み聞きするべきではなかった。
けれど、してしまった。
なぜなら――
...私は知りたかったから。
...私は怒っていたから。
...そして私は、シスターでも聖女でもないから......
「あなたの剣さばき、まるで神風のようだったわ...」
ヴェレナは銀のベルトの前で手を組み、微笑みながらそう囁いた。
彼女の金髪は、仄暗い光の中でもなお神々しく輝いていた。
「本当に見事だったよ」
オルフェミは控えめに笑った。
「ははは、それほどでもなかったぞ?ただ、成すべきことをしたまでだ」
「あなたはあの子を守った」
彼女はエレインを見つめながら、そっと頷いた。
エレインはパズルのピースを合わせようと、くすくすと笑っている。
「全身全霊で。全ての心を込めて。わたし、見ていたのよ~」
...............
間が空いた。
そして――
彼女は、ほんのわずかに前へと歩み寄った。私の許容を超えて、近すぎる距離まで。
声が低くなり、どこか甘く、蕩けるような調子に変わる。
「あなたのお肌、まるで黒曜石のよう…深く、闇のように黒くて、美しいわ。夜空が星を抱くように――神秘的だわ......」
彼が目を瞬かせた。
「...え、あの……」
「わたしはというと、礼拝堂の大理石のような肌色だけれど......」
ヴェレナは恥じらうように笑みを浮かべ、手袋越しに金の髪を耳にかけた。
「でも思うの。正反対のものだからこそ、補い合うようにできているのかもって......」
ぎり~!
……カーテンを掴む指先に力がこもる。
爪がベルベットを食い込ませる。
――淫婦め!
あれほど敬虔な聖女を装っていたくせに。
神に仕える身だと誓ったくせに。
それがどうして、私の屋敷の下で……私の――
……いいえ、「私の」じゃない。
...まだ、その資格はない。
「ただ、感謝を伝えたかっただけなのよ」
彼女の声は清らかすぎて、かえって毒々しい。
「わたしはこれまで多くの騎士と出会ってきた。けれど、あなたほどの存在感と魂を持つ者はいなかったわ」
オルフェミは明らかに困ったように首の後ろを掻いた。
「そのような言葉、もったいないぞ、シスター。俺はただ……エレインを護るために成すべきことを成しただけで...つまり、ただ正しいことをしたまでだったよ」
「でも、あなた自身の『正しさ』はどうなのかしら?」
ヴェレナの声が柔らかくなる。まるで子守唄のような、罪深い優しさ。
「あなたは、この屋敷の重荷をまるで罪人の十字架のように背負っている。でも、人には義務以上のものが必要でしょう?……あなたには、伴侶が必要なのよ」
その瞬間――
「パパ! パパー! ミルクとはちみつパン、食べていい?」
救いの声。
エレインが無邪気にオルフェミの腕を引っ張った。
彼は笑い、彼女の髪をくしゃくしゃに撫でて答えた。
「ああ、もちろんだよ」
二人はそのままホールを離れていった。
……けれど、私は見ていた。
ヴェレナの視線が、彼の背中を名残惜しげになぞる様を。
彼が見えなくなっても尚、噛みしめるように唇を噛む、その不敬な仕草を。
私はカーテンをそっと手放し、踵を返した。
かー、かー、かー!
ヒールの音が、大理石の床に激しく響く。
彼女に詰め寄るべきか、それとも礼を言うべきか――
......わからなかった。
けれど、確かなことがひとつある。
今やこの屋敷には、彼をただの護衛や剣士以上の存在として見ている女が、私だけではなくなったのだ。
……それが、何よりも恐ろしかった。
なぜなら――
私もまた、戦わねばならないから。
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