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第11話: 研磨と権威

数日後:


私の邸宅は、もはや優雅な貴族の社交場ではない。


ここは戦争の前線。避難所。傷を癒すための通過点。


かつてはシャンパンの栓が弾けていた中庭で、今は地下牢から救い出した子供たちが笑って遊んでいる。


ワインセラーには、芳醇な香りの代わりに、ソーンブライアが調合する毒の気配が満ちていた。


そして礼拝堂では、シスターのヴェレナが神の慈悲を忘れたように、朝からメイスを振るい続けている。


……それでも私の心を苛むのは、政治でも罪悪感でもなかった。


オルフェミ。あの男よ。


今夜もまた、彼は月明かりの下で黒曜石のシミターを磨いていた。

シャツの前は開かれ、黒色の肌に塗った油が筋肉の陰影を際立たせている。


彼の動きには殺気がある。冷静で、美しく、恐ろしい。


......何度も命を奪ってきた者だけが持つ、沈黙の中の重み。


私はバルコニーから彼を見下ろしながら、手袋越しの指で頬を軽く叩く。


エレインはすでに眠りについていた。

シスターは祈りの時間。

ソーンブライアは毒を熟成中。


今だけは、私だけの時間。


音を立てぬよう、だが確実に、私は大理石の階段を降りていく。

ヒールが静かな邸内に乾いた音を刻む。

かー、かー、かー!


...まるで戦場へ向かう合図のように。


かー、かー、かー!

彼は私の足音に気づき、顔を上げた。


「頼みがあるの」


「任務か?」

その目が鋭く細められる。


「似たようなものよ」

私は一歩近づき、片足を伸ばして見せた。


黒革のヒールがランプの光を反射し、靴にあるシミが浮かび上がる。


「擦れてしまったの。磨いて」


「...え?」

彼の目が瞬く。


「...............」

数秒の沈黙が流れる。


.......


「俺に……何をさせるつもりだ?」


「跪いて。そして磨いてちょうだい」

私は腰に手を当て、少し身を乗り出す。

「それとも貴族の命令を拒否するつもりかしら?」


彼の中で、誇りと現実が衝突しているのがわかる。


けれど彼は、私のヒールが何人の頭蓋を砕いたかを知っている。


「......くっ...」

静かに、彼は跪いた。


私は唇の端を上げたまま、黙って見下ろす。


漆黒肌のオルフェミは無言で布を取り、色白な私の左足のハイヒール靴に包まれているつま先を磨き始めた。


乾いた血と塵が丁寧に拭われていく。


彼の手つきは熟練のそれ。無駄がなく、敬意はあるが、屈服はしていない。


……それなのに。


胸の奥が、熱くざわめいた。


原始的な満足感。悦び。


この男が。誰にも頭を下げない異国の戦士が。今、私の靴を――私の命令で――磨いている。


既にメイド長に椅子を持ってこさせた私は座りながら足を組み替え、逆側の足のハイヒールを彼の肩にそっと置いた。


「...案外、素直なのね」


「ただの用心だ...」

彼は顔を上げない。

「そのヒールが何をするか知ってるからな。だから、俺の身に危険が及ぶ前、従うまでのことだ」


「そう。いいわね、それ。ふふふ...」

私はくすりと笑う。女らしく、少し残酷に。


「でも、これで少しは私のことを意識するようになるかしら?」


それは、独り言だった。

けれど彼の手が一瞬止まったのを、私は見逃さなかった。


すぐに動きは再開され、作業は淡々と続けられる。


やがて彼は立ち上がり、私を見つめた。


そこには羞恥も、屈服もない。ただ、理解がある。


力の意味。


緊張の線。


言葉にできない、けれど確かに存在する「何か」。


「...毎週お願いね」

私は冗談めかして言った。


「そのままの使い方なら、毎日でも必要だろうな」


私はくるりと背を向け、頬に滲む熱を隠す。

きゅ~っと、胸がドキッとした感覚を自覚しながら、それを彼に悟らされないように。


ゾクゾクとした衝動も......

やだね、この感じは......

自分のことを押さえつけられなくなる前に、早く離れないとー。


今ここで、早い段階でエスカレートする行動してしまったら、嫌われてしまう恐れがあるから.......


かー、かー、かー!

そう思ったから、その場から立ち去って、少しでもオルフェミから距離を置きたかった。自分の赤くなった頬を見られないように。でも、いい。これで、少しは私の欲求も満たされたわ。


そう。......屈強な異国の戦士の心を征服できた欲求がね。


...................................


その夜、ベッドに入った私は、まるで満ち足りた女王のように、ハイヒールのかかとをコツンと合わせた。


エレインはすやすやと眠っている。彼女の安らかな寝顔とは裏腹に、私の心は甘く毒のような想いで渦巻いていた。


――今ごろ、オルフェミは私のことを考えている。


そう思うだけで、胸が高鳴る。


いい子ね、オルフェミ、うふふふ..........


.................................................

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