第10話:不思議な少女とシスターと罪人と異国剣士と毒使いの老人。私たちの『悪役令嬢チーム』の結成...
数日後:
「ん~!...んつ~!」
エレインは悪夢にうなされていた。
穏やかなものではない。
身体を激しく震わせ、枕に押し殺された悲鳴を響かせ、絹のシーツは汗で濡れていた。
メイド長のエロイーズは薬草を試し、私は子守唄を歌った。
どちらも効果はなかった。
だから、私はもっと良いものを与えた。
「今夜、一緒に来なさい」
私はコートの最後のバックルを締めながら言った。
「戦わせはしない。ただ、“見る”だけよ」
「見るって……何を?」
彼女はオルフェミが削ってくれた木の人形を抱きしめていた。
「正義の姿を...」
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奴隷商のネットワークは、私たちが思っていた以上に根深かった――文字通りに。
忘れ去られたカタコンベ(地下墓地)やペスト時代のトンネルを越えた先に、それはあった。
かつて古き王たちが神のように酒を飲んでいた頃の巨大なワイン蔵――今や、子供たちを閉じ込める檻へと変わっていた。
私たちは夕暮れに動いた。
オルフェミが先頭に立ち、双剣が魔法のように静かに唸っていた。
私はそのすぐ後ろを、濡れた石の上をヒールで静かに踏みしめながらついていく。
エレインは私と手を繋ぎ、その間を歩いていた。
彼女の手は震えていなかった。
ただ、闇を見つめていただけ。
敵は罠を仕掛けていた。
だが――彼らは“マーブルロンの黒きメイス”を想定していなかった。
金髪と審判のごとき気配が、頭上のアーチから駆け下りてくる。
黒いタイツとハイヒールが裁判官の木槌のように響き、銀糸で織られた修道服が、見る者を痛みさえ感じさせるほど整った顔を縁取っていた。
彼女が振るうメイスは、まるで説教一つ分の重さを持っていた。
扉の裏に潜んでいた男は、祈る暇さえ与えられなかった。
バキィッ。
一撃で肋骨を砕き、
もう一撃で、その魂を神々のもとへ送り届けた。
「祝福をー」
そう甘く呟いてロザリオを整える彼女は、
「神様がね、怒ってもいい理由をくださったの」
「誰……?」
私が問いかけると、
「『マーブルロンの黒きメイス(ブラック・メイス)』のヴェレナよ」
「伝説だと思っていたがな......」
オルフェミが呟いた。
「驚きは付き物よ」
ヴェレナはウインクして言った。
「奴隷狩りに行くって聞いたから、同行してもいいかしら?」
敵は毒を持っていた。
だが、こちらには“ソーンブライア”がいた。
それが闇の世界での彼の名だった。
革張りの薬箱を抱えた腰の曲がった老人。
その本名は歴史に消され――あるいは、永遠に眠らせる眠り薬を作った罪で、彼を追放した貴族の家と共に焼き尽くされたか。
彼はまるで幽霊のように、影から現れた。
「奴隷は嫌いだな」
彼はただそう言った。
「そして、笑う少女は好きだ。手を貸そうではないか」
そして、赤い小瓶をエレインに渡した。
「怖くなったら投げろ。自分にかけるなよ」
エレインはそれをコートにしまい、
「うん!」
しっかりと頷いた。
隠れ家は、残酷さで編まれた迷宮だった。
鉄格子。鞭。名前の刻まれた革の首輪。
一人の奴隷商人が、私に命乞いをした。
「待ってくれ、命令に従っていただけなんだ、俺が――」
バキ―!
「あぎゃああー!?」
ぐちゃ――――!!
私は彼の膝を横に蹴り折り、倒れた顔をヒールで踏み潰した。
「なら、奴らと一緒に死になさい」
.......................
それから、私たちは三手に分かれた。
オルフェミは南棟を一掃した。
キャンドルの明かりに鋼が閃くたび、血が舞った。
ヴェレナは西の地下金庫へ。
彼女のメイスが響かせる音は、まるで聖堂に響く戦いの讃美歌。
私は中央通路を進んだ。
隣にはエレイン、そして背後には“ソーンブライア”――悪夢を詰めた革袋を肩にかけて。
奴らは五十人以上いた。
夜明けには、一人も残らなかった。
ヴェレナが戻ってきた。
両肩にそれぞれ子供を抱えて。
「保育室を見つけたわ」
血まみれの笑顔で、そう言った。
エレインは自分より少し年上の子供たちに駆け寄り、静かに集中した手つきで錠を外していった。
オルフェミは記録文書を見つけた。
売買記録。
関与した貴族の家名。
沈黙した教会。
我が子を“商品”に変えた公爵たちの証拠。
「燃やすか?」
と彼は言った。
「いいえ」
私は書類を手に取った。
「使うのよ。脅しでも、駆け引きでも、戦争の火種でも。使えるものは全部使わせたもらいますわ、ふふふ...」
その夜、ソーンブライアはエレインに基本的な睡眠薬の調合法を教えた。
彼が一つひとつの薬草を妙な名前で呼ぶたびに、彼女はくすくす笑った――
“悪魔のあくび”、“修道女のささやき”、“ヒキガエルの唾づる”。
彼女はすべて覚えていた。
「この子、冴えてるな」
彼が言うと、
「違うわ。危険ですよ」
私は答えた。
「いつか私よりもっと恐ろしい存在になる予感がしましたのね」
「あははは、考えすぎだぞ、それ」
彼は笑って頷いた。
「それでこそ、いいわよ」
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数日後:
休む暇は、なかった。
奴隷商のネットワークは崩れ始めていたが、死に絶えたわけではなかった。
私の首に懸賞金がかけられた。
ヴィオレッタ・フォン・アウスターリントに2万ゴールド。
生きたままなら、4万。
オルフェミは不満げだった。
「たったの4万とはな......君のような才女にしての女傑なる『悪白女』なら、もっと高くつくはずだと思っていたんだが...」
ヴェレナはワインを吹きそうになって笑った。
「冗談でしょ~。私なら三倍払ってでも、ヴィオレッタとあんたがもう一度奴らを『殺っている』ところがもっと見たいわ~」
「あ~はははは、それもそうだな」
残酷なメイスを武器に振るってきた『マーブルロンの黒きメイス(ブラック・メイス)』と呼ばれているシースタであるヴェレナに笑い返しているオルフェミ。
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それから、私たちは街外れの廃修道院に行った。
かつては聖なる地。でも今はただの空っぽな殻。
「よいしょーよいしょー」
エレインは掃除を手伝った。
祭壇の血をこすり落とし、壊れたベンチにリボンを結び、砕けた聖人の骨に花を添えた。
「ここ、......好きかも」
そう呟く少女に、
「ここは“家”なんかじゃないわよ、エレイン」
忠告した私。
「...まだそうじゃないかもね、えへへへ......」
エレインは微笑んだ。
その夜、シスターヴェレナは私たちの前で誓いを立てた。
「私はもはやどの教会にも仕えてはいないわ。ただフリーなシスターに。......そしてヴィオレッタ、あなたは私が見た中で最も“神の復讐”に近い存在だわ~」
「そう......」
私はその言葉を素直に受け入れた。何の感慨も湧かないまま。
「ほれ、お前にくれー」
ソーンブライアはエレインに毒入りの指輪を渡した。
百合の形に彫られた小さな銀細工。
「追い詰められた時だけ使え。……あるいは、...暇で悪さしたい時にな、くくくく......」
不気味な笑いをされてるのにも関わらず、エレインはにっこり笑った。
(やっぱりあの少女、『素質』があるわね.....だから危険だと思っていたのよ、あの子!)
私はそう思いながらも、少女に色んな危険そうな装具と魔道具を手渡してきたソーンブライアのその行動を止めなかった。
これが――私たちの『家族』の流儀となったのだからよ、ふふふ......
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かつて貴族だった、今はただの“武器”である私。
砂の影――オルフェミ。
私と同じように履いている粋なハイヒールの美しき異端者――シスターヴェレナ。
毒をその身に宿す者――ソーンブライア。
そして、あの秘めたるポテンシャルを持っている不思議な力をその体内に宿しているエレイン。
これで、王子や悪徳貴族共が何と企んでいようとも、私達はもはや犠牲者って訳ではなくなったの。
今や――希望の火種となり、いずれ私たち以上の悪人も全て燃やし尽くす炎となりますわ、あ~はははははははは―――!!!
と、心の中で『悪役令嬢』らしく高笑っていた『悪白女ヴィオレッタ』である私。
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