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混沌から星屑を拾う  作者: 三山 千日


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59/77

日常にしれっと不思議 ※

日常生活にさりげなく紛れ込んだ不思議7本

※一部に怪異要素があります。苦手な方はご注意ください。

『ふきだし』


 隣にいた想い人がふと、こちらを見上げた。

 少し不安げに下がる眉尻、潤んだ双眸、物言いたげに小さく開閉する口、薄紅に染まる頬。

(これはひょっとして)

 閃きと共に、一際大きく弾かれた鼓動。


(ヘマはできない。冷静に振る舞え)

 高揚する気持ちを必死で抑えつつ、懐から【ふきだし】を出して、彼女の口元に差し出す。


「なに、これ?」

『なに、これ?』


 何ごとかを言いかけた彼女が怪訝そうに問い掛けたものだから、ふきだしに同じ文言が書き込まれてしまった。失敗だ。


「あーあ、君の告白を残したかったのに。察してよー。がっかり」


 ふきだしを握り潰した瞬間、俺の頬に平手打ちが炸裂した。






『酒粕一kg』


 gよりもkg単位の方がコスパが良いからって、荷物を持つ腕にそれなりの負荷をかける量の酒粕を買った。


 手始めに開けたばかりの酒粕を二〇〇g、小さくちぎって片手鍋に放る。砂糖は……まずは六〇g入れとくか。

 砂糖と酒粕は丁寧に計量したのに、加える水は目分量もいいとこだった。計量の意味とは?


 火に掛けると酒粕がふやけてくるので、白い塊を潰したり濾していく。

 口当たりなんて気にしないのなら、この工程はテキトーにするなり省いてもいいし、逆に、なめらかな舌触りにしたいのならば、目を小さいものへ変えていって何度か濾すのがオススメ。

 あとは煮立たせすぎない程度、テキトーにフツフツポコポコ沸かしたら甘酒の完成。

 味見をしたら、砂糖の塩梅は好きな感じだった。



 酒粕の甘酒、ウチの田舎のばあちゃんはドブ酒と呼んでる。

 ばあちゃんは語源なんてわからない、と言うけど、多分、どぶろくに近いものだからかな。

 なんか、酔いそうな名前。実際、ばあちゃんが作るときは日本酒を入れるから、一度、沸かすとはいえ、酔うは酔うのかも。



 一口目、アチアチ言いながら飲む甘酒は、寒い夜には泣きそうなくらい温かくてうまい。


 レシピサイトで確認すると、私が作る甘酒はどうもかなり甘さ控えめであったらしい。

 美味くて体があったまれば良いのよと、芋焼酎をほんのり入れてやった。

 これもチャンポンと呼ぶのだろうか? 自分としては異種混合の冒険であったが、それなりに良いのではないか。ほら、お芋の炊き込みご飯だっておいしいんだし。


 そういえば、とほろ酔いで甘酒を飲みつつ思い出すのは、年またぎの寺社参拝でいただいた甘酒だ。

あれも大概甘かったけれど、寒空の下、胃から体が温まったのを今でも覚えてる。

 あの甘酒は仏様も歳神様もお気に召しただろうな。

 神仏と共にいただく酒がまずいわけがない。


 酒粕の封は開けたばかり。残りはまだまだある。これからじっくり体を温めてもらおうじゃないか。






『何?』 ※怪異要素あり注意


 いる。

 いる、電柱の陰からこっち見てる。


 なんだろ、あれ? 幼児サイズの、毛むくじゃらな山羊?……いや、下半身は魚だよなぁ。いるなぁ。

 なんかいるなって、そっち向いたら、目が……目?……あの金と赤の同心円、目だよなぁ……とにかくあれと目が合ったからには、見ぬ振りは無理があるよなぁ。アウトっぽいなぁ。


〔もし。もし、其の方〕

 あぁー、呼び掛けられたぁ。なんかやけに古風な口調、何? 全てが謎すぎる。


〔ちと、一町先の川向こうまで体を貸しておくれ〕

 あ゛ぁあ、困るし怖いこと頼まれてるぅ。

〔体を貸してくれたら埋蔵金の場所を教えよう〕

 それ、結果的に自分が埋蔵されちゃうオチじゃないよね?


 あああ、困るー。






『取り留めのない事実』


 毛って毛先から白髪になっていくんだなと、ピンセットで抜いた眉毛の一本を見て気付く。

 ずっと毛根から白くなっていくのかと思っていたけど、我が身で以て事実を見たからには否定しようがない。


 黒髪から白髪へと徐々に移行していくこの時分にしか気付けないし、この年になって、やっと初めて知ったこと。体の些細な真実をほんの短い毛一本から学ぶ。


 この体とは長い付き合いだけれども、きっとこれから良いことも悪いことも、今まで知る由もなかったこともわからせられるのだろう。

 毛先から白く染まる毛しかり、起き上がる度にギシと痛む腰しかり、ほぐしてもほぐれない肩しかり。

 年とはこういうものなのだろう。






『シュレディンガーだかチェシャだか』


 買ったと思った鮭がない。冷蔵庫のどこにもいない。

 粕汁か石狩鍋か鮭大根にいずれかにするつもりで買った筈なのだが、事実、行方不明なのである。

 いや、もしかしたら目に掛からないだけで、本当は冷蔵庫の何処かにいるのかもしれない。


 困った。私はどうやらパックの鮭ではなく、あるんだかないんだか、ありそうでなさそうなわからない鮭――シュレディンガーの鮭、それか、チェシャ猫のようにいたりいなかったりする鮭――チェシャ鮭を買ってしまったらしい。


 非常に困った。何処に行ったのだろう、シュレディンガーだかチェシャだかの鮭。

 もしかすると今頃は、冷蔵庫ではなく、最寄りの川か海を泳いでいるのかもしれない。

 まあ、現実的に考えられるのは、買った店のカゴの中。一番怖いのは、買い物時に使った車の中に、放置されていることだが。


 シュレディンガーだかチェシャだかの鮭。唯一判明しているのは、まだ食べていないということだけだ。






『煙』


 燻る紫煙の描く白線。雲より細く、水より軽く、空を横切り、天へ上る。


 ある一点で流線が歪む。客だ、それも招かれざる。

 プワリ、吐き出す紫煙の輪。輪の内側に視る無色の影。嗤うておるのは侮り故。


「傲慢は身を滅ぼすぜ」


 影に吹いた吸い殻が轟々と音を立て、それと犯した業を燃す。






『春の兆し』


 身を清められるような冷気に身を竦めながら歩いていると、ふいに小さな紅が目に付いた。

 寂れた景色を彩る色に誘われて振り向くと、色の主はすぐに見つかる。


(ああ、梅か)

 自分の背丈ほどの若い木に、小さいながらふくふくと愛らしい花が開いていた。寒風に吹かれ、枝ごと震えるそれのいじらしいこと。


 暦上、春と言えど、厳しい寒さのこの時季、派手に咲く花の主たるは山茶花と椿だろう。

 あれらもまた華やかで目を奪われるが、梅花を見つけた喜びは、それとはまた一段と違う。


 春の前触れと思わす小花を愛でたくも、触れれば零れそうな健気さに、ただ笑みを向けることしかできないのだ。

ふきだし 2025.01.21

酒粕一kg 2025.01.30

何? 2025.02.01

取り留めのない事実 2025.02.02

シュレディンガーだかチェシャだか 2025.02.04

煙 2025.02.06

春の兆し 2025.02.13

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