選ばれたのは最弱キャラ
近年のオンライン傾向の影響を受け、最新ゲームハードはそれに適した機能を充実している。その一つが正式なコントローラーをゲームパッドとキーボードの二つにしたことだ。
さて、それよりもアルトへヴンを起動したのはいいものの、テレビの液晶画面にはデカデカとマイク付きヘッドホンを装着してくださいという注意がなされていた。どうやらゲームに必須らしく、それがないとそもそもプレイできないようである。どのような用途かはわからないが、少なくとも自分の声をゲーム内に流すことになるのだろう。
前にも言ったが、蒼太は自分の情報を外に出すのを嫌う。自分の声とて例外ではない。
もし、もしもの話で、生声でのプレイヤー間コミュニケーションを必要とするならばこのゲームを断念せざるを得なくなる。
(その確率は低そうだがな)
蒼太がそう考える理由、それは蒼太のゲーム内での知り合いが内向的人間にもかかわらず継続しているからである。
何はともあれ、机の上に置いておいたマイク付きヘッドホンに手を伸ばし頭へと装着する。大きさやマイクの位置を調整した後、コントローラーの差込口にプラグを挿入する。
その認識を終えたコンピュータは画面を先に進め、ズラリと文字が並ばせた。
「なんだこれ?」
その内容はアンケートだった。質問に対してはいかいいえで答えるだけの単純なものだがすごい細かい部分まで聞いてくる。例えば、【今までに彼女はいましたか?】というものである。
(彼女なんていたことないし、欲しいとも思ったことない。くだらないな)
そんなどうでもいいことは適当に答えてさっさと先に進めたいのは山々だが、一番上にわかりやすく年季の入った赤色の文字で、【これはキャラクター作成に影響します。正しい回答がなされないと不都合なキャラクターが作成される可能性があります】なんて書かれてるのだから、適当に、というのはやめた方がいいだろう。
約二十分経過して、ようやく回答を終えた蒼太は一階で朝食を取っていた。母親は再びどこかへ出かけ、それをチャンスとばかりに大会前の練習から本番、と夕飯すらも取っていなかった蒼太の体は紙パックを交換した掃除機のように食事を吸い込んだ。
気になるゲームの方は【しばらくお待ちください】と書かれていたので、素直にしばらく待つことにした。
(こんだけ待たされたんだ。面白くなかったらただじゃおかないぞ!)
蒼太はそう心の中で思いながら、皿の上で寝そべっているボールペンのようなウィンナーにフォークを突き刺した。
今日の朝食はウィンナー入りのベーコンエッグ。これはかなり豪華だ。いつもならシリアルか、軽い物をおかずにして食べるご飯、少し贅沢をしてマーガリンを塗りたくった焼きたてのパンぐらいである。それだけ豪華な朝食をものの五分で消した蒼太は物足りなさを感じて、棚からクッキー、冷蔵庫からお茶を取り出して自室へと戻った。
何らかの作業を終えたコンピュータが何も言わずに蒼太を待っていた。
「待たされたのはお前も同じだな……」
「…………」
コンピュータは何も答えない。快適性を向上させた最新ゲームハードは沈黙を続けてる。なんとなく、なんとなくだが蒼太は寂しい気持ちになった。
(本当にくだらないな)
蒼太はそれ以上何も考えずにコントローラーを手にした。そこからは何の感情の起伏もないただの作業だ。作業、とは言っても、そう呼べるほどのことはなく画面に映る文字を読む、それだけだった。
やっとゲームスタートという文字が現れ、そこをクリック――パソコンのようなカーソルがある――すれば始まりそうである。ゲームスタートなんて意気込んだが、本当のスタートはここから。これでもまだ始まりではない、という不安が飲み終わった後に残っている数滴のお茶ぐらいあった。
(ま、いいさ。気を取り直してゲームスタートだ!)
文字にカーソルを合わせ、ボタンを押す。
その瞬間、画面はホワイトアウトし、そのまま白い空間が表示された。どこまでも奥行きがあるように思えるし、狭い部屋のようにも思える、そんな何もない白い空間。ただ、本当に何もないわけではなく、その空間で唯一、色を持つ一人の少年が突っ立っていた。
身長は画面越しであり、比較する物体もないため正確なところは把握できないが、蒼太よりは高い。後は髪が立つぐらいの短髪ということ以外は何の特徴もない少年である。 少年はどこか緊張したようにその場でお辞儀をした。蒼太と少年は画面越しに対面する形になっており、カメラを設置してない部屋は蒼太を映すことは出来ないはずだが、少年はまるでそこに蒼太がいるとわかっているかのようだった。
「え、えーと、よろしくお願いします」
「んん? とりあえずよろしく」
「あ、あれ?」
少年が不安そうに首を傾げた。そこでようやく、蒼太はヘッドホンを装着してなかったことに気付き、急いでマイクから反応を示した。
「わっとと! 悪い……よろしく頼む」
その声を聞いた少年は緊張の色を薄め、強張った肩からほんの少しだけ力を抜いた。蒼太にはどういうことかよくわからないが、この少年から現実とはまったく変わらない感情を感じられた。
「あなたが俺のプレイヤーってことでいいんですよね?」
「多分、そうだな」
(ということは、こいつがアンケートを基に作成された俺のキャラクターってことになるんだよな?)
「すみません! 自己紹介がまだでした。俺はリュウガって言います」
「そうなのか、俺は…………」
流れるままに名前を言うことを躊躇わせたのは、自分の情報を漏らしたくないという、蒼太の心だった。
まだ何もわかっていないのだ。それなのに安易に自分の名前を晒していいものだろうか、いや、良くないだろう、そう考えた蒼太はよく呼ばれていた、されど自分では納得していないあだ名で自己紹介をした。
「俺は永遠の二番だよ」
「ほー! セカンドさんって呼んでもいいですか?」
リュウガは箱を開けた蒼太と同じようなキラキラした目で蒼太に許可を求めた。
「ご自由に」
(どこに感心する要素があるってんだよ! なんだこいつ!)
前途多難な予感をひしひしと感じながら蒼太はため息を吐いた。
***
とある村にリュウガという少年が住んでいた。さしたる特徴もない普通の村人だった。年齢が十六へと差し掛かった少年が抱く夢は冒険に出て巨大な怪物を倒すという何とも子供らしい、しかしこの世界においてそれを馬鹿にする資格を持つ人間はいない立派なものだ。
この世界は現実にはない仕事がある。仕事というよりも役目と言った方が的を得ているだろう。世界中の誰しもがその役目に憧れる、そうなるように設定されていた。
それはこの世界があくまでゲームであることに起因している。すなわち、キャラクターに選ばれ、プレイヤーと共に冒険するという役目だ。
その役目は大変素晴らしいことだが、やはりいくらか不安もある。冒険に出るということはそれだけ死の危険が付きまとっている上に、プレイヤーに依存するところが大きい。選ばれる可能性が低い人間からすれば、平和が一番、なんて文句を垂れることが当たり前な状況になっている。キャラクターという名誉ある役目、それは徴兵に似たものなのかもしれない。
三歳年下の弟も選ばれ、去年この村を出て行った。それから二度と帰って来ることはなかった。死んでしまったのか、それとも帰って来れないような状況なのか、もしくは帰りたくないだけのか、それは誰にもわからない。
いつしかリュウガはキャラクターとなって弟を捜そうと考えるようになった。元々、リュウガはキャラクターとなる夢を抱いていたのだから、それはそのついでということになる。
しかし、リュウガはなかなか選ばれない。何の特徴もないリュウガを選ぶ理由もまたない。
毎日生きるために同じ作業をし続けた。効率が上がっていく中、焦りも徐々に大きくなっていく。
そんな日々にようやく転機が訪れる。この世界の人間にとって転機とは当然、キャラクターに選ばれることだ。
「やったよ! やったよ、婆ちゃん! やっとキャラクターになれるよ! リュウキだって捜しに行けるんだよ!」
「良かったねぇ。プレイヤーさんと仲良く頑張るんだよ。リュウキちゃんもどこかで元気にしてるはずだよ」
そう言った老婆の顔にはどこか影があった。
そんな老婆の様子に気づくこともなく、毎日同じ作業をする村人も今日ばかりはそれを止めて、リュウガを見送ろうと集まった。
選ばれるとすぐにこの村を出なければならないため、出来ることと言えば、別れの挨拶ぐらいである。
「じゃあ、皆、行って来ます。俺、頑張るよ!」
リュウガは興奮気味に手をブンブンと振って挨拶すると、村のはずれにあるひどく場違いな転送装置へと走り出した。
「遅いな~」
転送という奇妙な感覚に囚われながら、辿り着いた白い空間ではキャラクターに関するいくつかの説明が宙に浮く文字によってなされていた。何度も、何度も読み返しても埋まらない空白の時間。二十四周目となる読み直しを始めて、やっとプレイヤーが接続した。
(おお? 来た来た!)
なぜ接続したかわかったかと問われれば、キャラクターは全員接続されるときに繋がったという感覚があるからだ。
かくして、リュウガは永遠の二番ことセカンドさんとの自己紹介を済まると、それを待っていたかのように白い光が立ち昇った。リュウガには見慣れた転送の光である。
「おー! 転送ゲートか?」
「あれ? セカンドさんの世界にもゲートがあるんですか?」
「あるわけないだろ。ゲームではよくあるから、多分そうかな、って思っただけだ」
(ゲ、ゲームって何だ? それではあるのに世界にはない?? あっ! もしかして、本みたいな感じか?)
リュウガは自分だけでは答えの出ない疑問を必死で考えていた、立ち止まりながら。
「おい! さっさと行けよ。俺の方では操作できないんだからさ」
「す、すみません!」
操作、というまたしても聞き慣れない単語に疑問符を付けながら転送の光へと飛び込んだ。
このときにはもうリュウガの頭に疑問なんてこれっぽちも残ってはいなかった。
リュウガはこの転送先を知っていたからだ。それは何度も読み返した説明文に書かれていた【世界の中心街】という街のさらに中心、まさに世界のど真ん中に転送される。キャラクター全員が通る最初にして最大の街。村にはない、大きな家、見上げなければその全貌を把握しきれないほどの店、見たこともない正体不明の建築物など、夢いっぱいのリュウガに疑問なんて入る余地はなし。
道行く人は皆、様々な装備で個性を出し、それぞれの目的を胸にこの世界を生きていた。仲睦まじい男女が見せびらかすように歩く様子、ガチガチに固められた鎧の人がさらなる装備を求めて武器屋に入り浸る様子、ベンチで談笑する男達がその話題を止めて転送装置へ現れた人影目を向ける様子。転送してきたリュウガが変化として捉えられるほどこれらの様子は日常なのだ。
「うわぁ、すげーな!」
村にはない、その言葉がリュウガを虜にしていた。そう、リュウガは手放しで感動していた。しかし、プレイヤーである蒼太は何も言わない。その光景はパッケージでも見たから感動がないのか、いや違う。蒼太は寸分も違わぬ光景に心の奥底から感動している。それにもかかわらず、黙っているのだ。
「セカンドさん?」
リュウガの言葉がスイッチであったかのように蒼太は感情を爆発させた。
***
「いきなり街に放り出されて、はい始め、だと!? ふざけるな! 確かにチュートリアルは面倒だが、なくても困るんだよ! せめてヘルプは入れとけっつーの! 不親切も大概にしろよ! 馬鹿が! 死ね!」
「あのーそこまでにして、そろそろ……」
蒼太はギロリとリュウガを睨み怒りの矛先を向ける。蒼太の様子はわからないはずだが、なんとなく雰囲気が伝わったのかリュウガが怯えたように体を震わせた。
「お前もその敬語はやめろよ。同い年なんだろ? 無理してるのがバレバレだぞ」
「そ、そうか。それなら良かった……こっちの方が気が楽だからな」
「ふん、ここから楽しくさせるってんならこのゲームは本当に凄いゲームだな。俺のテンションは最悪だぞ」
「な、なぁ……そのチュートリアルとかヘルプってどういうことだ? ゲームってのもよくわからないんだが……」
申し訳なさそうに常識を聞いてくるリュウガに苛立つ寸前のところで、蒼太はこのことがとてつもなく重要なことであると悟り、目を見開いた。
「…………単語の意味は知っているのか?」
「た、多分……」
(もしかしてキャラクターは皆これがゲームだと知らないのか? これだけの感情を持っていることも今更だけどおかしいよな。このゲームは何なんだ、いったい? この不親切さからも売り捌こうという意思がまるで感じられない)
「…………まず、ヘルプってのはさっき見た説明みたいなものだ」
「なるほど!」
「んでもってチュートリアルはそれを手取り足取り教えてくれること」
「おぉ、わかりやすいな! そんでそんで、ゲームとか操作って何なんだ?」
「それは……この世界がゲームだってだけの話で、プレイヤーの俺はお前を操作する。それだけだ。それともゲームは知らないか?」
「知ってる、村でもよくやってたさ。トランプは定番だよな。でもそれがどうしたんだ? ゲームはゲームであって現実とは関係ないだろ~」
随分と誇らしげなリュウガに蒼太はいっそ憐れみの視線を送った。
(それはアナログゲームじゃねーか! 村とか言ってるし。文化水準が異なるとここまで話が通じなくなるとはな。驚きだよ!)
「そうだな。お前のところみたいな世界を俺のところではゲームって呼ぶんだよ」
「俺達の世界はゲームって呼ばれてて、俺の知っているゲームとは違うってことか?」
「まっ、そういうことだな」
蒼太は説明が面倒になって適当にしたというのに最終的にはそれらしくなっていた。とりあえずリュウガはそこを現実としていることがわかったのはとても大きいだろう。
(こいつがゲームだって認識してたらそれこそメタ発言だもんな)
「なぁ、それでさ、どこに行けばいいんだ?」
「さぁな。何もわからねぇんだからぶらぶらするしかないだろ。さっきから探検したくてうずうずしてんだろ? 今は自由行動だ」
「ホントか~!? じゃ、じゃあ、あそこに入ってみよう!」
リュウガが嬉々として指差したのは何でも売ってそうなビルだった。実のところ、蒼太もあのビルは気にはなっていた。場違いなほど近代的であるし、開始地点の目の前なら初心者向けの装備を揃えてる可能性は大いにあるからだ。
「うん、いいだろ。あんまりはしゃぐんじゃねーぞ」
「ああ、わかった!」
「本当にわかってんのか……?」
蒼太はリュウガに聞こえないように言ってからお茶を口に含んだ。クッキーの箱を開き、包装から中身を取り出したところで、含んだお茶を飲み込んだ。
リュウガに自由行動させたのは蒼太もやりたいことがあったからだ。ゲームパッドのスティックをグリグリと動かし左上のメニュー画面をクリックし、そこからステータスの項目へと進み、それに目を通す。
LV、HP、ST、攻撃力、防御力、瞬発力。基礎ステータスとして、筋力、体力、敏捷。ここら辺は説明がなくてもわかる、と読み飛ばし、一番下の【方向性】というものに目を止めた。
「う~ん、こういう特有なものがあるから説明なしは困るんだよ」
蒼太は嘆息し、クッキーを一枚まるごと口に放り込む。
(方向性は筋力……この方向性が何の方向性によるかだよな。能力に補正が掛かるのか、それとも成長の伸びが上がるのか、その両方ってのもありえるな)
これまでの経験からその意味を読み取ろうと頭を回転させる。こういった自力では知りようのないことでも傾向や意図、過去の経験、あらゆる要素から推察することは可能だ。ただし、リュウガには不可能だが。
(そもそも能力の補正だったらもっと適切な言葉を使うはずなんだよ。アビリティとかボーナスってな。方向性、これはこのキャラクターがどの方向に向いてるのかを表している。能力自体は筋力が秀でてるわけじゃないから、成長補正にはピッタリな言葉だよな。なら成長の方向性で決まりだな。つーことはこれから脳筋プレイになるのか? それは嫌だな)
結論が出たところでクッキーによる渇きを思い出し、お茶を含まずに飲み込んだ。画面にはリュウガがショーケースにおでこをくっつけるように中身を見たり、店内を走ったり、つまり、はしゃいでる映像が流れてる。
子供か! とツッコミを入れてしまいそうになりながらも蒼太はパソコンを立ち上げた。情報が不足し過ぎているために、始めたら教えてと言われたあの女アバターにアクセスするつもりなのだ。
クッキーを、今度は一口ではいかず、ちまちまと惜しむように齧った。お茶は飲まない。
動作したパソコンから慣れた操作でゲームを起動する。これだけでクッキー二枚が消失した。
(もうログアウトしたか……いろいろ聞こうと思ってたんだがなぁ)
いないものはしょうがないとゲームを閉じた。明日にでも聞けばいいような情報が多いが、どうしても今聞かなければならないことがある。
それは操作の仕方だ。キーボードとゲームパッドのどちらを使うのか、それすらもわからない。これは一歩も街の外へと出られないという由々しき事態なのである。操作方法もわからずに敵地に赴く、それは自殺行為。あるいは蒼太なら、その状態から敵を全滅させるようなことは可能かもしれないが、そんな危ない橋は絶対に渡れない。
蒼太をここまで慎重にさせているのはパッケージの裏に書いてあった、数少ない製作者からの説明だった。
【このゲームはゲームオーバーになるとデータが末梢され、二度とこのディスクではプレイできません、ご注意ください】
無駄な技術が積み込まれてるが、別のディスクならまたこのゲームをプレイできると暗に示している。しかし、蒼太がまたこのゲームを手に入れる機会はおそらくずっと先。リスクとリターンがまるで釣り合っていない。
(じゃあ、明日まで待てって? 冗談じゃねぇ! 一年待ったんだ。不本意だがあれに頼るしかないな)
そうして開いたのはネットの攻略サイト。自分で見つけるかゲーム内でもらうかしか情報は得て攻略する蒼太にとって、こうした外部からの情報は信条に反している。
しかし、そうも言ってられないのだ。
蒼太はクッキーを咥え、あるサイトを開く。その名も【アルトへヴン絶対攻略】である。管理者はかなりの高レベルらしく、その情報も確かだと書かれていた。
いろいろだ。本当にいろいろな情報が飛び交っている。簡単なPK対策講座、ダンジョン攻略の要、求める極旨料理屋、流行の服屋。
(ダンジョンなんてあんのか……余計なこと知っちまったな)
これだけ多いと整理しなければ目的の情報を調べるのは苦労するというのに、それらは一つのページに集約されていた。咥えたクッキーをまるで蛇のように口の中へ飲み込みながらページをスクロールさせると、ようやくお目当ての物らしき【初心者のための欠如した説明書】を見つけ、クリックする。
「ビンゴ!」
そこには操作の仕方が書いてあった。だが、書いてあるのはそれだけではなかった。
その一つに初期ステータスの目安というものがあった。
明日から聞けばいい、どうでもいいような情報。もし今、クッキーを食べていなかったら絶対にしなかったであろう寄り道だ。
「…………」
最後の一枚を口にして、蒼太は画面を凝視した。目安によれば、リュウガのステータスは平均より大分劣っていることがわかった。最大ステータスなるものは平均とかなり差があることからも、初期ステータスは振れ幅はかなり大きいこともまた、わかる。
最大ステータスがあるように、最低ステータスがあったのだ。これがわからなかった。
どうしてそんなことをするんだ。強い者はいいが、弱い者を掲載して笑うのは良くないことじゃないか。いいや、そんなことはこれっぽっちも考えていない。
蒼太はその事実を否定したかったのだ。
最低ステータスとリュウガのステータスを見比べてもほとんど遜色はなく、総合的に見ればリュウガの方が劣っているほどである。つまり、リュウガは最低ステータスよりも低い。
まさしく、最弱キャラだったのだ。
「最弱キャラ!? 嘘だろ?」
気が付くとリュウガは怪訝そうに聞き耳を立てていた。リュウガの方から蒼太を見ることはできないため、リュウガが拾える情報は音だけなのである。そんなリュウガに驚愕した蒼太の声が届けば、いくら何でも楽しい探検は終わりを迎えるというものだろう。
「えっとどうかしたか?」
リュウガはやはり、自分の将来を決定付ける、しかもまだ出会って間もないプレイヤーに対していつも通りとはいかず、どうもおどおどしている部分がある。
そんな仕草が蒼太の絶望を一層加速させていた。
「どんなに嘆いたって現状は何も変わりはしない。ここから頑張るしかないよな……このゲームは本当に人気なのか? まだ最悪な印象だぞ」
一度、気分を入れ替えようとお茶を飲んだ。もう一度、お茶を飲んだ。
「…………」
画面にはリュウガの顔が映っている。蒼太はそれに苛立ち、画面を攻略サイトで埋め尽くした。
リュウガには何が起こっているのかわかっていない。しかし、自分が原因で怒っている、というのはなんとなくだが、理解していた、そんな顔だ。
リュウガには一切の非がない、それが蒼太を自己嫌悪に至らせる。
(どうして……どうして人の前だとこうなるんだ。ゲームでは完璧なのに、どうして)
これがゲームでのことだという事実が蒼太の胸を抉った。
蒼太はその胸にぽっかりと空いた部分を埋めようとするかのように、操作の仕方を読んだ。最初こそ内容が頭に入ってくることはなかったが、徐々に平常心を取り戻した蒼太はそのまま説明へと没入していった。
【戦闘における操作はキーボードで行う。まずはプレイヤーにとって戦闘がどういうものであるかを説明しておこうか。ご存知の通り、キャラクターは自律的に動く、それは戦闘においても同じだ。プレイヤーの操作とはその補佐、これを忘れないでいただきたい】
「……プレイヤーはキャラクターを自由に操作することは出来ないってか」
蒼太はお茶を直角よりやや下に傾けながら飲み、その説明を拾っていく。
【では、具体的な操作についての説明をしよう。キーボードにはアルファベットと数字があるだろ? それら一つ一つにコマンドが設定されている。例えばAなら攻撃とかってね。自律的な動きとは違って、こちらはかなり単調でカクカクになってしまう。だが、もし上を目指すならこの操作は必須。この操作にはあるボーナスが付いているからだ】
「ボーナス……」
【そのボーナスとはキャラクターの持ち得る最大の力と速さで行動し、なおかつ速さに補正が掛かる。これらのコマンド入力による行動は技と呼ばれ、その複雑さがこのゲームを鬼畜ゲーたらしめるのだ。ただ、それは技術によっていくらでも能力差をひっくり返せることも意味する。ゲーマーが嵌まる要素はこれが大半を占めていると私は考えている。少なくとも私はそうだった】
それは、管理者の心からの声だった。蒼太でも、いやゲーマーなら誰でも共感できる、これだ! という一つのゲームに魅了された声。
「あ、ああ! そうだ……こういうのを待ってたんだよ。最近はニーズの衰退からとにかく強けりゃいいなんて風潮がある。それはそれで良い部分もあるが、それじゃあダメだ」
ゲームの腕が全てではなく、能力がある。平等じゃない、だからこそ、その差を覆すというシチュエーションが生まれる。
最弱なんて全く問題ない。
「なんで俺は弱いことを悲観してたんだ。強いキャラで勝ったって何の面白みもない、ただ欲が満たされるだけじゃねぇか。俺が欲しかったのは本当に強いキャラか?」
このゲームは言っていたではないか、回答を適当にしたら不都合なキャラクターが作成されると。ならば、きちんと回答をした蒼太に不都合なキャラクターなんて来るはずがない。つまり、目の前にいる最弱キャラこそが蒼太の真に求めていたキャラクターなのである。
「ああ、わかってんじゃん。俺はどんなゲームでも不人気キャラで常識をぶっ壊してきたじゃないか。このゲームでも同じなはずだろ? だったら喜べよ、ただ勝つだけで逆転になる最弱が選ばれたんだからよ!」
蒼太は頭だけで済むものを確認するようにあえて声に出した。それはゲームから逃げないという意思の表れ。一人で興奮する、そんな蒼太の様子に困惑する人間が一人。
「え、えっと、セカンド?」
「…………違えーよ、俺はセカンドなんて名前じゃない。それはただのあだ名だ」
「そ、そうなのか……」
自己紹介をした名前がただのあだ名だと言われれば、やはりショックを受けるというものだろう。蒼太にとってリュウガとはただのゲームのキャラクターであり、それが何かしらのリアルと繋がって、自分の情報が流れることを危惧した。言ってしまえば、蒼太はリュウガを信用していなかったのである。
「俺は……」
少なくとも自分の名前が流れたとしても蒼太は恨まない。それだけの覚悟はできた。もう永遠の二番からは脱却する。このゲームで、この最弱キャラで、ランキング一位、頂点を取る。
「俺の名前は朝霧蒼太。これからよろしくな……リュウガ」
蒼太は自己紹介をした。それはゲームを始める前にやるべきこと。それをしてからこのゲームが始まるようなこと。
「……っ! ああ! これからよろしくだな、蒼太!」
蒼太はニヤリと口を歪ませながら、甘い、子供が抱く夢のように甘いクッキーの箱をゴミ箱へと放り込んだ。
ここからが本当のスタートです。次話から、二人は本格的にゲームを攻略していきます!




