獣を狩るか、人を狩るか
「アンタ、もしかして初心者じゃないか?」
男はそう声を掛けた。
「初心者?」
男はポリポリと頭を掻いて、悩むような素振りを見せる。
「……こりゃあ相当な田舎出身だな。新入りって言えばわかるか?」
「なるほど。それなら、俺は初心者だな」
「まぁそうだろうなと思って声を掛けたんだ」
「それで何か用?」
男は何かを抑えつけるように手で制した。
「そう急ぐなよ。飯でも食わないか? 奢るぜ」
「おー! ちょうど腹が減ってたんだ。助かるなぁ」
「おし! そうと決まれば、あそこの店なんてどうだ?」
男が指したのは定食屋だ。手頃な値段でありながらボリューム満点で大人気のチェーン店である。
「奢ってくれるならどこでもいいさ」
贅沢は言わない様子は男にとって好感だったのか、嬉しそうに店内へと案内した。
***
(うさんくせー)
蒼太が画面を見たときには、既にリュウガは男に懐柔されていた。
「おっさん、いい人だな。名前何て言うんだ?」
「ん? ああ……俺は名前を明かさないようにしてるんだ。有名になりたくて初心者を手助けしてるわけじゃないからな」
トンカツを頬張る男は箸をピッとリュウガへ向けて、そう言った。
(ますますうさんくせーな!)
蒼太がトイレのために少し目を離しただけでこんな状況になっている。リュウガに大人しく待ってろ、と言ってから数分程度のことだ。
「初心者を手助け? 俺達を助けてくれんのかー!?」
「あらら、口が滑っちまったな。俺はな、困ってる初心者に手ほどきを加えてやるのが趣味なんだ。それにここで恩を売っとけばいつか助けてくれるかもしれないだろ?」
「へー! なら、おっさんが困ってるときはいつでも言ってくれよ。おっさんはいい人だからな!」
「はは、そんな言われちゃ照れるぜ。悪いがちょっと外に出てるぞ」
「わかった!」
男は席を立ち、のれんを手で払って外に出て行った。そのタイミングを見計らって蒼太はリュウガと打ち合わせを取ることにした。
「大人しく待ってろって言っただろ!」
「おう、戻ったのか。飯奢ってくれるらしいんだ。いい人だろ?」
髭を生やし、薄汚れた布に身に纏った男の格好はいかにも盗賊然としていて、盗みます、と主張しているかのようだった。ちなみにリュウガは村人らしい平凡な服だ。これについては何かを特徴付けることは出来ないため、とにかく村人の服だとしか言いようのない物である。
それはともかくとして、やはりこの誘いに乗るのは大変危険だと言える。それは、ゲームオーバーになればデータ抹消というルールのせいだ。裏切られて、倒されて、何もかも奪われたとしても生きているのであればただのお遊びの範疇なのである。このゲームはそうではないのだからもっと慎重になるべきなのだ。
もっとも、蒼太はゲームである限り、対応は変わらない。必ず警戒し、面倒な事態を回避し、場合によっては、逆に罠を仕掛けて相手から奪うこともある。
(今は乗るべきじゃない。俺は……いや、俺達はまだこのゲームについて知らなさ過ぎる。でも、リュウガを強制することは出来ない……くそっ! 今からでもPK対策講座を見るか!?)
パソコンはもう落としてしまっており、運が悪いことにアップデートの真っ最中だった。これが終わり、サイトを開いたとしても、おそらく用意している時間はないだろう。もうなるようになれ、と言うしかないほど蒼太は半ば諦めていた。
(なんで俺はまだ何もしていないのにこんな危機に陥ってるんだ……)
ただ、これから長い付き合いになる――予定の――パートナーにこれだけは言っておかなければならない。
「リュウガ、お前は簡単に人を信用し過ぎてる」
「大丈夫だよ、あの人は悪い人じゃない。いい人なんだよ、蒼太」
何がリュウガをそこまで駆り立てているのかはわからない。蒼太も数分の間はいなかったのだから。だが、たとえ何があったとしても、出会って数分の人間をいい人だと連呼するリュウガは絶対におかしい。蒼太もそれだけは言えた。
(人をすぐに信用するとか……馬鹿かよ)
蒼太には信用できなかった。出たときと同じような動きで、同じような笑みを浮かべて店内へ入って来る男を到底信用できるはずがなかったのだ。
「いやー悪いな。それじゃあ、さっそく行こうか」
「行くってどこにだ?」
「そりゃあもちろん、この街の外、東フィールドだ」
「わかった」
(おいおい、いきなり知らない野郎と外に出んのかよ!? 自殺行為もいいところだ!)
***
爽やかな風がリュウガの高揚に同調するかのように下から上へと流れた。しっかりと息づいている地面から生える草は風に揺られ、かすかな音を奏でている。風と草の音が合わさり、なんとも心地良い気分になってしまう。思わず寝転びたくなる場所だが、それは同行者に迷惑が掛かってしまうだろう。
リュウガは男と共に街の東に位置する門を通って、【東フィールド】と呼ばれている地を訪れていた。フィールドには多種多様なビーストが生息し、あまりの広大さにその全容を把握しきれてないらしく、迷って帰って来ない人間が後を絶たない。本当に迷ったのか、ビーストに喰われたか、ビースト以外の何かに殺されたのかはわからないが、フィールドとはそれだけ危険な場所なのである。
フィールドにはこんな逸話もある。東の他にも東西南北で三つの門があり、難易度も東西南北の順番で上がっていく。このゲームの初期は親切な看板――今は設置されてるが、それはプレイヤーの手による物――などはなく、どこから外へ出ればいいか大変困ったそうだ。
そんなときに、ある少年が名乗りを上げ、ついに外へ出た。少年が選んだ門は北の門、不幸にも最も凶悪なビーストが腹を減らす領域だったのだ。東と西には門の近くにセーフティゾーンが設置されてるが、南と北にはない。つまり、少年は門を開け、一歩外へ出た瞬間、足を引きずられ、何十体にも及ぶ巨獣にハイエナの如く喰い散らされてしまった。その光景を門が自動で閉まるまで見てた野次馬はそこを開かずの門とした。
「もちろん、レベルが上がった今じゃ北フィールドに行く奴だって普通にいるし、ある程度お掃除されてる今なら門を出てすぐはありえねぇ」
それが東の門まで行く道中で男が話してくれたことだった。
馬車に揺られ、あまり快適とは言えない空間だったが、男のおかげで幾分かマシな乗り物になったというものだ。
「レベルって?」
「……何も知らねぇんだな」
「うっ……そ、その」
「はは、いいぜ。かえって教えやすいからな」
そんなはずはないのだが、ははは、と男は不器用に笑った。
(やっぱり、おっさんはいい人だよ)
「そんでな、レベルってのはな……」
「うん、うん」
レベルの説明を真剣に聞くリュウガにはある変化があった。
平凡極まる服装は変わらないが、その背に一振りの剣を背負っているのである。初心者のために作られた、その名も【最初の剣】、とそのまんまな武器であった。装備を買おうとしているときに声をかけられたリュウガ達は当然武器なんてなく、男もまた、そのように見えたから声をかけた。
どうせ売るぐらいにしか使い道はない、と男が無償でリュウガに渡したのである。
このとき、リュウガは「おっさん……」と少し涙ぐんでいたが、蒼太からすれば茶番のようにしか見えなかった。
男が「さぁ、見えたぞ! 東の門だ!」と言うと、リュウガが「おー!」と感動し、蒼太が「くだらねぇ」とぼやく。一種の日常のように溶け込んだそのやり取りは、時間が経過してドロドロになったアイスのようにどこかがやはり、溶けていた。
そうして今、リュウガ達は平和な草原に立っている。
「まずは狼でも狩るか」
「狼! 本で見たことある。かっこいいよなぁ~」
「この草原の中でも比較的弱い。だが、初心者にはちょうどいい素材を落とすぜ。俺が持ってる武器はそいつの牙を素材に使ってんのさ」
男は腰に帯びた刀を自慢げにガシャリと鳴らした。
「お~!」
それは誰でも簡単に手に入る武器だが、リュウガは期待通りの反応を示した。
「アンタも狼を狩ってればすぐに作れるさ。それに市場に行けば同じものを安く買えるぜ」
「市場! 見てみたいなぁ」
「はは、帰ったら寄ってみるか!」
リュウガとキロは再び歩き出す。このフィールドに存在する何かを狩るために。
話に聞いていたような危険なことは、この見晴らしの良い草原には一切見受けられなかった。自分からは攻撃してこない平和な野生動物が呑気に草を食べてるぐらいなものだ。
ビーストには出現するテリトリーがあり、一定期間が経過するとその外にも進出してくるのである。
定期的に狩りがなされる現在ではビーストが現れるテリトリー以外でエンカウントすることは珍しく、ビーストを狩るならそのテリトリーまで足を運ばなければならない。そのため、リュウガ達は胸の高さまで伸びた草が生い茂る〈茂み地帯〉までやってきた。
一見すると何もないようだが、ガサガサと音を立てて揺れる茂みがその下で蠢くビーストの存在を教えてくれる。
「狼と戦う前に技を教えとくか」
「お願いします!」
「悪いな。これはアンタじゃなくてプレイヤーさんの方だ。プレイヤーさん、【HKFA】ってコマンド入力してみな」
「…………」
これでも黙っているため、もう蒼太はいないのではないかリュウガは心配したが、どうやら聞いていたらしく、技が発動された。
このコマンドが意味するのは突き攻撃。ビュッと風が鳴るほどの高速の突きによって何本かの草がその丈を短くした。
その音に引き寄せられたのかどうかは判然としないが、狼が三、四匹茂みから姿を現す。狼は基本的に群れで行動する生物なため、複数体で現れることは常識である。一度に現れる数は多くても五匹程度。三、四匹などは普通なのだが、この場面は普通ではない。
狼には稀に特殊技を備えた個体がいて、そのレアモンスターならぬレアビーストがこの三匹の中に混じっていのだ。
「ウオォォォォン!」
狼の中の一体が仲間を呼び、十体程度の狼が追加される。そう、合計で十数体という数は普通ではないだろう。
「ぬわっ!?」
「うおおっ!? 仲間を呼ぶ個体は初めてだぞ! アンタ、運がいいぜ」
一人だったならば多数の狼に囲まれ、運が悪いとも言えるかもしれないが、男がいることで運がいいと言えた。
(おっさんについて行って正解だった)
「こいつらは必ず飛び込んでくる。攻撃される瞬間にカウンターを叩き込んでやれ!」
「わかった!」
男は突破口を開くため、狼の一団へと突撃した。危険を顧みずに、リュウガも突撃したいところだが、まだレベル1なため、ここは大人しく防御に徹しながら男の後を追う。
男が一匹、二匹、三匹と狼を屠り、ようやく開いた穴へ滑り込む。
一転、攻勢に移ったリュウガは狼と対峙する。
男がフォローに回ってくれてるおかげで、リュウガは一匹に集中できていた。
男の言う通り、唸りを上げて飛び込み攻撃しかしてこない。落ち着いてタイミングさえ合わせれば簡単にこの獣は落とせる。
(落ち着いて、落ち着いて……今だ!)
野球でボールを待つバッターのような心境でリュウガはそのときを待つ。そして、バッターのように眼前まで迫った狼に剣を叩き付けた。
衝撃で吹っ飛んだ狼の口は裂かれ、倒れたまま動かなくなる。口が裂けてるというのに、あまりグロテスクな画ではない。なぜなら、表面がモザイクのようになっているからだ。
もう少し長く観察すると、その体はすぐには消えず、蒸発するかのように四角い何かを空気中に垂れ流していた。そうして、ビーストは分解されていく。
おそらく、このビーストをリュウガが見届けることはないだろう。他の人間がそれを見届けることはないだろう。その残滓を置かれることなく、この狼は消えていくのである。
戦闘においては致命的な隙を晒しながらリュウガは感慨に耽っていた。
男では限界があったのか、一匹の狼が猛然とリュウガに向かっていた。リュウガは気づいておらず、しかもそれは仲間を呼んだ特殊な狼だった。
「やべぇ! 一匹、そっち行ったぞ!」
「うぇぇ!?」
男が取りこぼした狼は涎が糸を引くその口を開き、リュウガに牙を立てる。リュウガも、男も、やられる! という思考が横切った。それが横切ったのは二人だけで、蒼太は違った。
体が反射的に動くような感覚。技による操作感覚である。練習を活かすかのように突きが繰り出され、剣が狼の口へと差し込まれる。串刺しになった狼は一撃で絶命し、地面に伏した。
「すげぇーな。よくあんな咄嗟に発動できるもんだ。完全操作も夢じゃないんじゃねぇか?」
「完全操作って?」
「キャラクターにおける動きを完全に操作するってことさ」
「んー?」
どうにも要領を得ないリュウガに、男は「つまりな」と続けた。
「技ってのはかなり複雑らしくてな、キャラクターが動かないと普通はまともな戦いにならないんだ。だから俺達みたいにキャラクターが動いて、プレイヤーが状況に応じて操作する自律操作が下位プレイヤーでは基本でな……」
「んーと、それを技だけでやるのが完全操作ってことか!」
今、こうして狼をどんどん減らしているリュウガ達の戦い方は自律操作であり、先程のような技だけで狼と戦うなら完全操作になるのである。
「そういうことだ…………レベルをガンガン上げる奴はほとんどが完全操作。やってらんねーよ、まったく……」
そう言った男は、暑い地方から寒い地方へ移り住んだかのように冷たい顔をしていた。
「おっさん?」
「ん? おい、危ねぇぞ!」
「へ?」
リュウガの背後からその爪で引っ掻こうと飛び込んできた狼がいた。
今は戦闘中。狼が減り、余裕が出来たとしても、油断は禁物である。禁物、つまり、してはならないことだが、リュウガはしてしまった。その結果など火を見るよりも明らかだろう。
「くっっ! 痛ってぇ!」
リュウガの二の腕にパックリと割れ目が生じる。ただし、狼と同じくモザイクがかかっているかのように表面が四角いキューブで構成されており、痛々しい印象はない。
「痛い? 大丈夫なのか!?」
蒼太が心配するようにボソボソと呟いていたが、リュウガには聞こえていなかった。なぜなら、その傷が瞬時にして治ったからだ。
「え? 治った!?」
「……自然治癒力って聞いたことねぇか?」
「それなら知ってるぞ! 人には傷を治す力があるんだよ……な!」
リュウガに傷を負わせた狼は強敵となることもなく、あっさりとリュウガの手によって斬り伏せられた。
「そうさ、そしてキャラクターはなこの自然治癒力がとんでもなく強化されてる。どんな傷も一瞬で治っちまうぐらいにな」
「へー! へー!」
「だが、これには限界がある、どれだけ治るかの限界がな。それを数値化したものがHPって言われてる」
「ふーん、HPか」
「ああ、それと限界の話なんだが、即死に繋がる傷は修復してはくれねぇから、気を付けた方がいいぜ。アンタはどうも抜けてるようだからな」
HPとは己の命を表すのではなく、どれだけ傷を治すかを表したものである。だから、HPが0になったからと言って死ぬわけではないし、HPがどれだけあろうと死なないわけでもない。
つまるところ、HPとはHPではなく、HPなのである。
「そうなのか! 教えてくれてありがとな!」
「よせよ。これぐらいは基本だし、聞けば誰でも教えてくれる。まだまだ教えなくちゃいけないことはたくさんあるんだぜ?」
男が倒した狼が最後となった。現在、十数体にも及ぶ狼の屍が心地よい静かな草原に散らばっている。串刺しになったり、真っ二つになったりと凄惨な光景だった。狼でなくとも、地獄のように見える。蒼太は平気だったが、見る者が見れば吐いてもおかしくないほどであった。
これは弱肉強食の世界。強者が弱者を喰らうことこそが自然。この世界の住人にとってはこんなもの、なんてことはない普通の光景、そのように設定されていた。
「なぁ、蒼太。レベルってどんぐらいになったんだ?」
「…………1のままだぞ」
黙り続けた蒼太はリュウガの質問に答えるため、ようやく重い口を開いた。
「えぇ!? こんなに倒したのに……」
「ビーストは経験値が少ないからな。レベルを上げたいなら決闘で勝たなきゃいけねぇ……」
「経験値が少ない、かぁ……」
「アンタのプレイヤーはそんなことも教えてくれねーのか?」
「いやーそれがさっきからずっと黙っててさ」
「そうなのか。ははっ、もしかしたら拗ねてるのかもな。プレイヤーにもそういう奴はいる。他人に教えられるのが嫌な奴がな」
「……そうなのか、あ! そういえば、さっき言ってた決闘って?」
(だから、蒼太は黙ってるのか。おっさんは親切で教えてくれてるのに……)
蒼太が黙っているのはそんな理由ではないのだが、出会って間もないリュウガにそんなことがわかるはずもなく、決闘について語る男に耳を傾けながら、そんな見当違いなことを考えるリュウガだった。
長い、決闘の話を終え、リュウガと男の二人は疲れたように息を吐いた。
(おっさんの話はどれも面白いな!)
「他に、他には!?」
「ああ、そうだな……」
男はちょうどいい岩に腰掛け、語るように喋り出す。いつの間にか、獰猛なビーストが出現する危険なフィールドでの狩りは街でするような雑談会になっていた。
それはまさしく、〈平和〉だろう。しかし、永遠の平和なんてきっとない。それは人が人である限り、変わらずにあり続けるものがあるからだ。戦う物語がなくならいことがそれを証明している。
「他にアンタが好きそうな話題だと……技についてか? STっつーもんを消費する」
「ST?」
「スタミナのことだ。走ったりすると普通疲れるだろ? キャラクターはこの面でも強化されてるから、ただ走るだけなら疲れることはねぇんだが、全力の動きをする技は疲れちまう。スタミナを消費しちまうってわけだ。技は知ってるだろ?」
「あー、さっきやってたあれだな。でも、地味であんまりだったぞ?」
どこら辺が好きそうな話題なんだ、と微妙な顔のリュウガに、まだ終わってない、男はマジックが成功したときのような顔で返した。
「好きそうな話題ってのはこれからだ。STを大幅に消費する、技の上位版があるんだよ。それは極限技だ!」
極限技、その魅力溢れる言葉はリュウガの心を引っ張るには十分であった。
「極限技? なんだそれ、超かっこいいじゃん! 蒼太、何で教えてくれなかったんだよ」
「……俺も知らなかったんだよ」
「そ、そうだったのか。ごめん……それでどんな技なんだ?」
蒼太なら何でも知っていて、これも知っていたと決め付けて話していたリュウガは目を丸くして驚いた。しかし、極限技について知りたい、という好奇心には抗えず、申し訳なさそうな顔でありながら興奮した声になる。
「後で教えてやるさ」
「今、教えてくれよ。気になるんだよぉ」
「今はダメだ。後でな」
どうしても譲らないくせに、理由も言わない蒼太にリュウガは思わず、大声を出してしまっていた。
「何でだよ! 教えるぐらい、いいだろ!」
「…………」
蒼太はそれ以上、一言も喋らない。
何とも言えない空気が場を支配していた。二人にしか立ち入れないその場にいないはずの男も黙っている。これを打開せんとリュウガは口を開いた。
「あのさ……」
突如、リュウガに二つの感覚が訪れる。
体が反射的に動く操作感覚と。
「わっとと、何だ?」
「ちぃぃっ! 浅かったか……」
傷を負ったことによる痛覚である。
「なっ!?」
血に代わる物が首筋から溶岩のようにダクダクと流れ出ていた。もう少し深ければ首が飛び、即死。その事実にリュウガは肝を冷やした。
いかにリュウガといえど、男が敵意を持って攻撃してることを認識した。それゆえに、リュウガは問う。
「どうして俺達を襲うんだ?」
「ハハハッ! レクチャーだよ、レクチャー! 知らない人には付いて行っちゃいけないんだぜ? 子供でも知ってることだぁ!」
男は笑いながらリュウガと刃を合わせ、鍔迫り合いになる。
「たくっ、お前のプレイヤーはずっと俺を疑ってやがったもんだから、ついうっかり手を出しちまったよ。もう少し粘れりゃ成功してたかもしんねぇのになぁ?」
「俺達を襲う理由はないはずだろ!?」
「ああ、理由? それはな、レベルを上げるためさ。しかもな、外で殺せばそいつの荷物も全部もらえるんだ! すげーだろ?」
「凄いもんか。決闘っていうちゃんとした場があるんだろ? そこでレベルを……」
「うるせーな! 俺みたいな弱い奴はな、こうでもしねぇと上に行けねーんだよぉぉ!」
「ぐっっ!」
男は叫ぶとともに、力の限りでリュウガを弾き飛ばした。力は当然、あちらの方が上。リュウガだけではきっと勝てないだろう。だからこそ、リュウガのパートナーは口を出す。
「ほら、言ったじゃないか。信用するなって」
「…………ごめん、蒼太。俺はおっさんが悪い人だと見抜けなかった……でも、おっさんは根はいい人なんだよ。おっさんはこうするしかない事情があるはずなんだ」
「どんな事情があろうと悪いことは悪いことだろ」
「そうだ、おっさんは悪いことをした……悪い人間だ。だから、俺はおっさんを更生させたいんだよ! 頼む、俺に力を貸してくれ!」
男は確かに過ちを犯した。だが、それ以上にリュウガは男から多くのことを教えてもらった。それは殺すためにやっただけなのだとしても、どこで装備を買おうか困っていたリュウガ達に手を差し伸べたのは忘れてはいけないことなのである。
それに、男はこの過程を楽しんでいた、リュウガはそう感じたのだ。きっと男は、本当はこんなことはしたくないと心では思っていたのだ、と。
「…………いいだろう、力を貸してやる」
***
(裏切られてなお、いい人呼ばわりとは……優しい教育を受けてきたもんだな)
蒼太は、自分達を狩れる気でいる敵を睨んだ。
「俺はそんなに甘くねぇぞ? 盗賊かぶれ」
蒼太は軽やかに七文字のコマンドを入力する。
その結果、男の左わき腹から鮮血のようにモザイクのようなキューブが飛び出していた。
蒼太が与えた命令信号は地面を駆け、敵の少し手前で体を沈ませ、敵のわき腹を切り裂く、というものだった。
蒼太はさらなるコマンド入力で男から距離を取らせる。反撃を恐れてのことだったが、男は何が起きたのかを理解できず、咄嗟には動けなかったようだ。
「ぁあっア? がぐぅぅっっ! 教えて、ない……はずだぞ! こんな動きぃ……」
「確かにおっさんからは教えられてないな。蒼太、どこで知ったんだ?」
リュウガは真面目に蒼太に質問しているだけなのだが、それはどこか男をバカにしているような態度だった。
「ふっ、ふっ……ふざけるなぁぁ!!」
やはり傷はすぐに塞がり、痛みが和らいだ男は斬りかかろうと刀を振り上げた。
「馬鹿じゃねぇの?」
蒼太は一笑して、今度はたったの三文字だけ入力する。
突っ込んで、攻撃する、それだけの命令信号。
そもそも速さに対応しきれないのに、刀をわざわざ届かない位置に上げたのだ。これが正眼に構えていれば、もう少し複雑なコマンドを入力する羽目になっていため、馬鹿で助かる、と蒼太は笑ったのである。ここで蒼太の恐ろしいところは相手がどうしたとしても結果は変わらないことだろう。
同じ場所を先程よりも深く抉る。さらなる苦痛が男の顔を歪め、怒りを増幅させた。
「調子に乗るなよ、小僧ぉぉ!! 極限技の恐ろしさを教えてやる!」
「こんな状況でもレクチャーしてくれるなんて……お前の言う通りだな、リュウガ」
「だろっ! いい人なんだよ」
蒼太の声は無論、聞こえないが、ここでリュウガからいい人なんて言われても皮肉にしか聞こえない男は激昂しながらも、しかし、笑っていた。
(勝利を確信している……? 極限技ってそんなに凄いのか)
蒼太は勝利を確信しても、慢心はしないし、どんな相手であろう油断だけは絶対にしない。それこそが最大の敵だと知っているからだ。ゆえに、常に冷静的な思考をもって対応し、勝ったときのみ、それを緩める。
だからこそ、永遠の二番は一番を差し置いて最強と謳われる。一番は下の者に負けるが、蒼太は絶対に負けない。
「これでお前を殺す!」
男は刀を両手で持ち、刃先を地面に向けると三重にブレた。それは一つに重なることなく、残像のように先頭と同じ動作で追随する。
「うおぉ、すげーな! これが極限技かぁ!」
「ハッ! 今の内に粋がってろぉ!」
男の分身の一体が独立して動き、リュウガへ斬りかかる。それは先程、蒼太が馬鹿にした単調な攻撃。
しかし、蒼太の操作に攻撃を促す命令はなかった。ただ、横へステップして回避するだけ。
「ぬうぅう!」
二体目の分身が左わき腹を空けるように大振りな横斬りを放つが、ここも隙を突いて攻撃するようなことはせず、回避に徹する。
そして、最後の一体が繰り出してきたのは一番隙のない突きだった。
「く、くはっ! バレバレだっつーの」
十三文字という最長のコマンドを打って、蒼太は笑い声を漏らした。
リュウガは動かない。なぜなら、蒼太はまだ行動に移させる意味を持つスペースキーに触れてないからだ。リュウガは焦りながらも己のパートナーを信じて、じっと待つ。男が後一歩でリュウガに迫るという距離で蒼太はスペースキーを叩いた。
リュウガは男の視界から消える。男にも影は見えた。上にいる。しかし、上を見ることは叶わない。
跳び箱のように男の頭を下へと押さえつけ、飛び越えさせたからである。
「よっと」
男が体勢を立て直そうとしている間に、片足立ちで華麗に着地したリュウガに立ち上がらせずに振り向かせ、吸い込まれるように剣を同じ場所へ当てさせる。
すなわち、男のわき腹へと。
深く、深く入った傷口は完全には治らず、数センチの切り傷が残る。
ついにHPが尽きたようで、男は塞がらない傷を手で押さえながら、謎を解決しようと声を上げた。
「な、なんで……だよぉ?」
しかし、リュウガも何が起こったかは理解できておらず、それを知っているだろう蒼太の言葉は男に届かない。
「リュウガ、お前にだけは教えてやろう」
「おぅおぅ、教えてくれよ」
「奴はな、俺に三つの情報を与えてしまった。一つが極限技を使うと宣言したこと。もう一つが奴の体がブレ、分身のように分かれて攻撃してきたこと。そして、最後の一つは勝利を確信し、理性を取り戻しているのに一回目と二回目は隙を見せた。つまり、誘ってるのがバレバレだったことだ」
「それで三体目が本物ってことか……はぁ~なるほどな。蒼太って凄いんだな」
「今更だな。そういえば、お前は俺の腕を知らなかったか」
街の外に出てからはわざと適当に操作していた蒼太の真の腕前を見るのはこれが初めてということになるのだ。驚くべきは蒼太にとってもこのゲームは初であり、本格的な戦闘もまた、初であったことである。
(さてと、まだ勝っちゃいないんだ。最後の一押しだな)
蒼太はこの戦闘における最後のコマンドを入力した。
それによって、男の手に握られた刀はあっさりと弾き飛ばされ、男は攻撃する術を失う。
「ぐぅぅあぁ、そんな……」
(相手のHPを0まで削り、かつ、圧倒的な強さを見せ付ける。これによって相手を無力化し、心を折るという条件は満たした)
「後はお前の仕事だ、リュウガ」
「ああ!」
リュウガは応え、男から譲り受けた【最初の剣】を向ける。
「ヒ、ヒィッ!! 頼む! い、命だけは助けてくれぇ」
「おっさんの負けだ。なぁ、おっさんの名前は何て言うんだ?」
リュウガは変わらぬ笑顔を見せ付けた。リュウガにとっては安心させるためにはにかんだのだが、敗北した男から見ればそれは、名前を言わなければ殺す、と言外に表しているかのようだった。
「キ、キロだよ! 俺の名前はキロ。これでいいだろ? うぅ、だから……」
死にたくないという気持ちでいっぱいな男には戦意の欠片もなく、僅かながらに哀れだとも蒼太は思う。
画面にはリュウガの背中と、誰もいない静かな草原が映っていた。
や、やっと戦闘が書けた……。とりあえず、蒼太の戦闘スタイルはこんな感じになります。リュウガ視点の説明だったのでどうも単調になってしまい、申し訳ないです。




