第35話 延長戦
同時プロポーズを受けた、告白の翌日。
千蔵屋の居間には、息が詰まるような静寂が降りていた。
目の前に並んで座る三人の男たち――結城湊、伊乃草凱、浦涼真。彼らは真剣な眼差しで、穂波の口から紡がれる答えを静かに待っていた。
穂波は、ぎゅっと膝の上のエプロンを握りしめた。昨日の夜から一睡もできず、悩み抜いた末に出した答え。それを口にすれば、幼い頃から築き上げてきたこの温かい関係が終わってしまうかもしれない。その恐怖から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「ごめんなさい……。一人を選べば、この4人の関係が壊れてしまう。誰か一人なんて選べないよ……っ」
穂波は泣きながら伝えた。
すすり泣く穂波の言葉に、三人の間に重い空気が流れる。だが、穂波は両手で乱暴に涙を拭うと、真っ赤に染まった顔を上げ、三人をしっかりと見据えた。
「でも、それはただ幼馴染としての関係を壊したくないからじゃないの。みんなの才能を、職人としてリスペクトしているからだけでもない……」
震える声で、それでもはっきりと、穂波は己の心の奥底にある本当の想いを打ち明けた。
「私……三人のことが、一人の男性として、大好きなの」
その言葉に、三人の男たちが微かに息を呑む気配がした。
穂波はまず、温厚なタレ目を丸くしている湊を見つめた。
「湊。昔からずっと私の健康や心を一番に考えてくれて、どんなに苦しい時も、湊のその広く逞しい背中と深い優しさに包まれると、絶対に大丈夫だって思えた。オカンみたいって笑っちゃうこともあるけど、私を守り抜いてくれるその絶対的な包容力……一人の男の人として、すごく魅力的で、大好きだよ」
湊の顔が、みるみるうちに限界まで朱に染まっていく。
次に、鋭い目を瞬かせている凱へと視線を移す。
「凱。いつも乱暴で強引だけど、私が立ち止まりそうになった時は、その強い力で絶対に前へ引っ張り上げてくれる。嵐の夜も、怖い時も、一番に私の盾になってくれるその野性的な強さと、不器用な優しさ……男らしくて、胸がドキドキして、本当に大好き」
凱は顔を真っ赤にしてそっぽを向いたが、膝の上に置かれたその拳は嬉しさに小刻みに震えていた。
最後に、知的な眼鏡の奥で目を見張っている涼真を見る。
「涼真。いつも冷徹で計算高くて、嫌味なことも言うけど……私のことを、世界で一番の特別なお姫様みたいに扱ってくれる。その揺るぎない執着と、私だけに向けてくれる艶やかで紳士的なエスコート……大人の男の人として、すごくドキドキするし、大好きだよ」
涼真は、己の計算式が完全に崩壊したかのように、口元を手で覆って固まっていた。
「みんな、それぞれ違う魅力があって、どの一瞬も私にとっては特別で……誰か一人なんて、どうしても選べない。こんなの、欲張りで卑怯だってわかってる。でも、これが私の本当の気持ちなの」
告白を終え、穂波は再び俯いた。呆れられるか、怒られるか。最悪の事態を覚悟して目を瞑った。
しかし、降ってきたのは怒声ではなかった。
「……はっ、あーっはっはっは!」
突然、凱が腹を抱えて吹き出した。それに釣られるように、涼真が肩を揺らして上品な笑い声を漏らし、湊も心底ホッとしたように「ふふっ」と優しく吹き出した。
「え……? みんな、怒らないの……?」
穂波がきょとんと首を傾げると、3人は怒るどころか、互いに顔を見合わせてニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「怒るわけねぇだろ。むしろ、お前が俺たちのことを男として意識してたってだけで、今すぐ赤飯炊きたい気分だぜ」
凱がニヤリと好戦的な笑みを浮かべ、一歩前へ出た。
「なるほどな。要するに、お前が俺たちの中からたった一人を選ぶまで、一生勝負は続くってことだな」
「ふっ……確かに、君のような純粋で欲張りな人が今すぐ一人を選ぶなど、不可能な計算だった。だが、共有関係を受け入れる気は毛頭ない。君が私だけを選ぶまで、永遠に愛のエスコートを続けるだけだ」
涼真も眼鏡を妖しく光らせ、艶のある声で同調する。
「そういうことなら、仕方ないね。穂波んが僕だけのものになるまで、誰よりも甘やかして胃袋も心も完全に掴んでみせるよ。……でも、とりあえず『大好き』って聞けたから、もう我慢する必要はないな」
湊が極上のオカンスマイルの奥に、絶対的な独占欲を滲ませた。
三人の纏う空気が、一変した。
今まで「誰が穂波の隣にふさわしいか」で牽制し合い、無意識にかけていた愛情のブレーキ。その溺愛のリミッターが、今、完全に外れたのだ。
「じゃあ、結論は一つだな」
凱が立ち上がり、ゆっくりと穂波の元へ歩み寄ってくる。
「ええ。我々の利害は完全に一致したな」
涼真も立ち上がる。
「誰が選ばれるか、出し惜しみなしの永久延長戦だ」
湊が斜め上の結論を出し、極上の笑顔で迫ってきた。
「えっ!? ちょ、ちょっと待って! そういう意味じゃ……!」
想像もしていなかった展開と、三人の目から放たれる捕食者のような(しかし極限まで甘い)熱を当てられ、穂波は本能的な危険を察知して後ずさった。
そのまま背を向けて居間から逃げようとした、その瞬間。




