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第26話 友情

 三方向から放たれた、三者三様の極上の口説き文句。和洋中の最強職人たちによる、自分の人生と技術のすべてを懸けた本気の愛の告白だった。

 彼らは息を呑み、沈黙したまま穂波の反応を待った。誰の台詞が一番、彼女の心に刺さったのか。三人の間に、バチバチと激しい火花が散る。


 しかし、恋愛に対して極めて鈍感な千蔵屋の跡取り娘の脳内では、彼らの熱烈な愛の言葉は、恐ろしいほどの速度で別の意味へと変換されていた。


「……みんな」

 穂波は、カッと赤く染めていた顔を上げると、ポロリと大粒の涙をこぼした。


「みんな、麦の成長を自分のことみたいに喜んでくれて……本当に優しいね!」


 満面の笑みで放たれたその言葉に、三人の男たちはピシリと固まった。


「私が一生懸命育てた黄金雪を、一番高い場所に連れて行くとか、一生の技術で美しい一皿にするとか……それに、嵐から根を守るなんて言ってくれて。みんなの小麦に対する熱い情熱、すごく伝わってきたよ! 私も、みんなの気持ちに応えられるように、絶対に最高の粉にしてみせるね!」


 彼女は、三人の魂の底からのプロポーズを、すべて「麦への情熱と幼馴染としての友情」として完璧に受け取っていたのだ。


「……っ!」


 愛情が微塵も伝わっていなかったという残酷な事実に、凱、涼真、湊の三人は絶望し、同時にその場に崩れ落ちた。


「嘘だろ……俺のあの本気の思いが、全部麦への情熱だと……?」

 凱が地面に両手をつき、がっくりと項垂れる。


「私の完璧な愛の数式が……『小麦への友情』という謎のバグによって完全に相殺された……」

 涼真が眼鏡をずり落としながら、頭を抱える。


「穂波んの隣を離れないって言ったのに……僕の居場所は、小麦の横だったのか……」

 湊が膝を抱え、タレ目を虚無に向けて丸くなる。


「あれ? みんな、どうして膝をついてるの? 今日のお弁当、食べすぎちゃったのかな?」

 心配そうに覗き込んでくる純粋無垢なプリンセスを前に、三人の泥だらけの騎士たちは「(お前のその鈍感さが原因だ……っ!)」と心の中で血の涙を流しながら、絵神原の春の空に向かって深く、深くため息をつくのだった。


 +++


 三人の泥だらけの騎士たちが地面に膝をつき、穂波が「食べすぎかな?」とオロオロしていると、背後から呆れたような、しかしどこか温かみのあるしわがれ声が響いた。


「お前たち、真っ昼間から豊穣ほうじょうの神にでも祈りを捧げているのか?」


 ビクッと肩を揺らして四人が振り返ると、そこには杖をついた千蔵屋ちくらやの現当主、弦蔵げんぞうが立っていた。


「お、おじいちゃん!? どうしてここに……!?」


「わしも粉屋の端くれ。孫娘が本気になって育てた小麦が気になって、何か手伝えることはないかと、こっそり様子を見に来たというわけじゃ」


 弦蔵は悪戯っぽく笑いながら、ゆっくりと畑のうねのそばまで歩み寄った。

 そして、目の前に広がる光景に、スッと目を細めて息を呑んだ。


 青々とした茎の先で、風に揺れる真っ白で可憐な麦の花。

 それは、かつて弦蔵が復活に挑み、そして己の無力さと周囲の環境に絶望して蔵の奥深くへと封印した、あの「黄金雪」の姿そのものだった。

 数十年という長い眠りを経て、再び太陽の光を浴び、力強く命を燃やしている。


 弦蔵は杖を置き、皺だらけの手で、愛おしそうにそっと麦の穂に触れた。


「……よくここまで育てたな、穂波」


 静かな、しかし確かな震えを帯びた声だった。普段の食えない好々爺の顔ではない、粉に生涯を捧げてきた一人の老職人としての、魂からの称賛だった。


「おじいちゃん……っ」

 穂波の瞳から、再びポロリと涙がこぼれ落ちた。今度は勘違いの涙ではなく、尊敬する祖父に自分の努力と夢を認められた、純粋な喜びの涙だった。


 弦蔵は振り返り、地面から立ち上がって服の土を払っている三人の青年たちを見据えた。


「凱、涼真、湊。お前たちもじゃ。あの気難しい粉が、ここまで根を張り、花を咲かせたのは……お前たちという強固な『土壌』があったからこそじゃ」

「……弦蔵さん」


 三人の顔から、先ほどまでの恋に破れた(自爆した)男の情けなさは消え去り、一流の料理人としての鋭く真剣な表情が戻っていた。


「かつてわしは、この傲慢で扱いづらい粉を完璧に受け止められる料理人が周りにおらず、絶望して封印した。だが……今の絵神原には、和洋中の最強の職人が揃っておる。お前たちなら、この黄金雪を至高の麺にしてくれると、そう信じてもいいんじゃな?」


 弦蔵の真っ直ぐな問いかけに、三人は強く、誇り高く頷いた。


「当たり前だ。俺たちが、この粉を絶対に世界一の麺にしてみせますよ」

 凱が不敵な笑みを浮かべ、拳を握りしめる。


「私の緻密な計算と技術をもってすれば、千蔵屋の最高傑作を完成させることなど容易いことです」

 涼真が知的な銀縁の眼鏡を押し上げ、冷徹な自信を覗かせる。


「穂波んの努力の結晶を、僕たちが絶対に守り抜きますから。安心してください」

 湊が温厚なタレ目に力強い意志を宿し、深く一礼する。


「ふぉっふぉっふぉ! 頼もしいことじゃ。楽しみに待っておるぞ」

 弦蔵は満足そうに高笑いを上げると、「さて、老いぼれは邪魔のようだから帰るとしよう」と背を向け、再びゆっくりとした足取りで畑を後にした。


 祖父の背中が見えなくなった後、穂波は振り返って三人の幼馴染たちを見上げた。


「凱、涼真、湊。おじいちゃんに認めてもらえたの、みんなのおかげだよ。本当にありがとう!」

 春の陽光の下、涙ぐみながらも満面の笑みを向ける穂波。


 その眩しすぎる笑顔に、先ほどは絶望のどん底に突き落とされた三人の男たちだったが、結局のところ、この笑顔一つですべてが報われてしまうのだった。


「……ったく。お前のその笑顔のためなら、何度でもあの頑固じいさんをうならせてやるよ」

 凱が照れ隠しにそっぽを向きながらぼやく。


「ふっ……私の解は、君のその笑顔を導き出す方程式で証明された」

 涼真が呆れたように小さくため息をつく。


「ほら、お弁当の続きを食べよう、穂波ん。麦花の白と今日の熱い思いを、もっと目と心に焼き付けておこう」

 湊が優しく彼女の背中を押す。


 風が吹き抜け、山桜のピンク色をバックに真っ白な麦の花が一斉に波打つ。

 幼馴染としての強固な絆と、一人の女性をめぐる不器用な男たちの恋の行方は、いよいよ訪れる「黄金色」の収穫の時に向けて、さらに熱く、深く絡み合っていくのだった。

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