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第19話 聖夜の対決

 十二月二十四日。絵神原えじんばら通りに、しんしんと白い雪が舞い降りるクリスマスイブの夜。

 千蔵屋ちくらや製粉所の居間は、外の凍えるような寒さが嘘のように、暖かな熱気と極上の香りに包まれていた。


「よし、俺の特大ローストポーク、焼き上がりだ!」


 キッチンから、伊乃草いのくさがいがドヤ顔で巨大な肉の塊が乗った大皿を運んできた。

「ただのローストポークじゃねえぞ。俺の店の極濃豚骨スープに使う特製スパイスと醤油ダレで、三日三晩漬け込んでから香ばしく焼き上げた、最強の『クリスマス・チャーシュー』だ。これを食えば、冬の寒さなんて一発で吹き飛ぶぜ」


「凱、野蛮に肉ばかり食べさせたら穂波んの胃がもたれちゃうよ。ほら、僕の特製『和風出汁の海鮮フォンデュうどん』もできたよ」

 結城ゆうきみなとが、タレ目を細めながら土鍋をことことと煮立てて持ってくる。

「カツオと昆布の優しい出汁に、冬の味覚のズワイガニとホタテの旨味を溶かし込んだんだ。千蔵屋の小麦で打った特製の平打ちうどんを、このアツアツの出汁ソースに絡めて食べて。芯から温まるよ」


「君たちの料理は相変わらずクリスマスという聖夜のロマンチックさを微塵も理解していないな。イタリアンの真髄を見せてあげよう」

 最後に、純白のコックコートを完璧に着こなしたうら涼真りょうまが、美しい耐熱ガラスの器を優雅にテーブルへ置いた。

「千蔵屋の最高級小麦を使ったパスタ生地と、私の計算し尽くされた特製ボロネーゼソース、そしてベシャメルソースを黄金比で幾層にも重ねた『至高のラザニア』だ。オーブンの温度をコンマ単位で調整し、表面のチーズの焼き色すらも芸術の域に昇華させた」


 テーブルに並べられた、和洋中の最強職人たちによる唯一無二のクリスマスディナー。

 普段はそれぞれの店を背負う彼らだが、今日は店を閉めた後、先日嵐から守り抜いた「黄金雪おうごんゆき」の無事と豊穣を祈るための、四人だけのプライベートパーティーを開いていたのだ。


「す、すごい……! 全部、すっごく美味しそう!」

 仕事着のエプロンを外し、少しだけおめかしをして赤いニットを着た穂波は、目をキラキラと輝かせた。


「さあ、食えよ穂波」

「冷めないうちにね」

「私の芸術から味わってくれ」


 三方向からの熱い視線を浴びながら、穂波は順番に料理を口に運んだ。

 ラザニアの生地が織りなす繊細な小麦の甘みに感動し、ローストポークの圧倒的な肉の旨味に目を丸くし、海鮮フォンデュうどんの優しい出汁にほっと息をつく。


「……美味しいっ! みんなの料理、本当に世界一だよ。私、世界一幸せなクリスマスを過ごしてる!」

 満面の笑みで頬張る穂波を見て、三人の男たちは「(可愛すぎる……っ!)」と心の中で悶絶し、互いにガッツポーズをキメた。


 +++


 食事が落ち着き、ケーキと紅茶を楽しんでいた時のこと。

 ふいに、三人の男たちの間の空気がピリッと張り詰めた。聖夜のメインイベント、「プレゼント交換」という名の、誰が一番穂波をときめかせるかという直接対決の時間がやってきたのだ。


「穂波ん。僕から、日頃の感謝のプレゼントだよ」

 一番手は湊だった。彼が差し出した小箱には、高級なシルクの手袋と、オーガニックのハンドクリームが入っていた。

「粉を触る仕事は、冬は特に手が荒れるでしょ。これでしっかり保湿して、寝る時は手袋をしてね。君のその大切な手を、乾燥から守りたいんだ」

 湊の過保護で、どこまでも穂波の体を気遣うオカン系男子ならではの優しいプレゼントに、穂波は「湊、ありがとう! すごく助かるよ」と顔を綻ばせた。


「次は俺だ。ほらよ」

 凱が立ち上がり、照れくさそうに鼻の頭を擦りながら、大きめの紙袋から分厚く温かそうなカシミヤのマフラーを取り出した。

 そして、ズカズカと穂波の背後に回ると、彼女の首元に直接、少し不器用だがしっかりとマフラーを巻きつけた。

「お前、畑の見回りでいっつも薄着だからな。これ巻いてねえと、外に出るの禁止だからな。……俺が、絶対にお前を冷えさせねえ」

 首元を包む凱の大きな手と、男らしい独占欲に満ちた言葉。至近距離からの不意打ちに、穂波の心臓がドクリと跳ねる。


「君たちは実用性ばかりで、彼女を美しく飾るという発想がないのか」

 涼真がやれやれと首を振り、美しいベルベットの箱を取り出した。

 パカッと開けられた箱の中には、雪の結晶をモチーフにした、上品でキラキラと輝く美しいバレッタ(髪留め)が入っていた。

「仕事中、髪が邪魔になるだろう? だが、作業着姿でも君の美しさは損なわれるべきではない。少し失礼するよ」

 涼真は滑らかな動作で穂波の横にしゃがみ込むと、彼女の栗色の髪をすくい上げ、手慣れた様子でバレッタを留めた。

「……やはり、私の計算通りだ。世界で一番、君に似合っているよ。メリークリスマス、私のプリンセス」

 耳元で囁かれる艶やかな声と、甘すぎる視線。


 手袋、マフラー、そして髪留め。

 三方向からの「俺のプレゼントが一番だろ」という無言のプレッシャーと、甘すぎる三者三様の愛情表現に、穂波は熟れたイチゴのように顔を真っ赤に染め上げた。


「み、みんな……! こんな素敵なプレゼント、本当にありがとう! 私、何も用意できてなくて……」

 オロオロとする穂波に、三人は顔を見合わせてフッと笑い合った。


「お前のとびきりの笑顔が見れたから、それが一番のプレゼントだよ」

 凱が、巻いてやったマフラー越しにポンと穂波の頭を撫でる。

「そうだよ。来年は、あの黄金雪で最高のクリスマスディナーを作ろうね」

 湊が、タレ目を優しく細めて微笑む。

「そのためにも、君にはこの冬を元気に乗り切ってもらわなければならないからね」

 涼真が、眼鏡の奥の瞳を温かく和らげる。


「うんっ! 春になったら、絶対にあの粉を挽いてみせるからね!」

 窓の外では、白い雪が静かに絵神原の町を包み込んでいる。

 あの雪の下で、嵐を乗り越えた「黄金雪」が静かに春を待っているように。四人の温かく、騒がしく、そして甘い絆もまた、確かな実りを目指して聖夜の夜を優しく深めていくのだった。

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