第14話 大部屋の死闘
日が沈み、一行は予約していた地元の古き良き温泉宿へと到着した。
しかし、フロントで女将から深く頭を下げられ、三人の男たちは完全に硬直することになる。
「誠に申し訳ございません。当方のシステム手違いで宿が1部屋しか取れず、皆様には4人同室の広い大部屋をご案内することになってしまいまして……」
その言葉に、結城湊、伊乃草凱、浦涼真の三人はバッと顔を見合わせた。
「えっ、でも私立派な大人だし、さすがに男性陣と同じ部屋は……」
穂波が戸惑いを見せると、三人は慌てて結託した。
「だ、大丈夫だ穂波ん! 僕らは幼馴染だ、今更恥ずかしがることなんてない!」
「そうだぜ! むしろ俺たちが一緒なら、変な虫もつかなくて安全だろうが!」
「私の紳士的な振る舞いを信じたまえ。君に指一本触れさせないよう、この二匹の野獣は私が監視する」
内心では心臓を早鐘のように鳴らしながらも、三人は必死の形相で穂波を説得し、結局一つの大部屋に全員で泊まることになった。
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夜の帳が下りた大部屋。
慣れない長旅と畑でのハプニングで体力を使い果たしていた穂波は、風呂から上がり食事を楽しんだ後、早々に布団に潜り込み、あっという間に規則正しい寝息を立て始めた。
問題は、残された三人の男たちだった。
部屋の中央に敷かれた三つの布団。誰が穂波の隣に布団を敷くかで、夜通し無言の枕投げと取っ組み合いの死闘を繰り広げることになったのだ。
凱が音もなく素早い動きで穂波の隣の布団へダイブしようとするが、湊が柔道のような見事な体捌きでその首根っこを無言で締め上げる。抜け駆けしようとした涼真の顔面には、凱が放った羽毛枕がクリティカルヒットした。
「……っ!」
涼真が声にならない悲鳴を上げ、反撃の枕を構える。
もし少しでも音を立てて穂波を起こしてしまえば、自分たちの下心がバレて軽蔑されるかもしれない。その恐怖から、男たちは息を殺し、般若のような形相で激しい寝床争奪戦を繰り広げた。
穂波が寝返りを打つたびに、三人は「だるまさんが転んだ」のようにピタリと動きを止め、再び静かなる乱闘を再開する。それはまさに、愛と意地を懸けた地獄の死闘だった。
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深夜。
死闘の末に体力を完全に使い果たした三人は、結局、穂波の布団から等間隔に離れた部屋の隅で、車座になって息を絶え絶えに吐いていた。
月明かりだけが差し込む薄暗い部屋で、勝者のいない男たちは缶ビールを開け、カチンと静かに乾杯した。
「……ハァ、ハァ……お前ら、執念深すぎるんだよ」
凱が乱れた髪を掻き上げながら、呆れたように笑う。
「ふっ……君たちの野蛮な動きを読むのに、私の脳のメモリを無駄に消費してしまった」
涼真が泥まみれになった昼間の失態を思い出すように、ずり落ちた眼鏡を直す。
「でもさ」
湊が缶ビールを見つめ、温厚なタレ目を真っ直ぐな光に変えた。
「今日、あの老農家のお爺さんが言ってた言葉、思い出すよ。あの土が黄金色を生んだって」
その言葉に、凱と涼真の顔つきも職人のそれへと引き締まる。
「あぁ。あいつの挽く粉は、絶対に世界一になる。俺たちの手で、あの粉に負けねぇ最高の麺を作ってやるんだ」
「私の緻密な計算と、君たちの腕。そして彼女の絶対的な感覚があれば、黄金雪の復活は夢じゃない。……そして、彼女の隣に立つのは私だがね」
「まだ言うか。穂波んの胃袋を守るのは僕のうどんだよ」
静かな声で再びマウントを取り合いながらも、彼らの視線の先には、無防備に眠る一人の幼馴染の姿があった。
誰が選ばれるにせよ、絶対にこの笑顔だけは守り抜く。三人は暗闇の中で、静かに、けれど熱く同志としての誓いを新たにするのだった。
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翌日の夕方、絵神原町。
「あー、よく寝た! みんなは……なんだかすごく顔色が悪いけど、大丈夫?」
車から降りた穂波が大きく背伸びをすると、目の前には目の下に真っ黒なクマを作った三人の男たちがゾンビのように立っていた。
「だ、大丈夫だ……気にしないでくれ」
湊が引きつった笑顔で返す。
彼らは一泊二日の視察旅行の疲労と、何より夜通しの死闘による極度の睡眠不足でボロボロだった。しかし、帰郷後、老農家から教わった方法で、水はけのいい排水溝をつくるため、三人は休む間もなく自分たちの畑へと直行した。
「気難しい黄金雪には、土の通気性と排水のスピードが命だって言ってたよね!」
やる気に満ち溢れた穂波がスコップを握りしめると、三人も「お前には無理させられねぇ」とフラフラになりながらも道具を手に取った。
夕焼けに染まる広大な畑。泥だらけになりながら、彼らは畑の周囲に深く真っ直ぐな排水溝を掘り進めていく。疲労の限界を超えていながらも、三人の動きに迷いはなかった。昨日見た、あの黄金色に輝く広大な麦畑の景色を、この絵神原の地で必ず穂波に見せてやる。
「みんな、泥だらけだね」
ふと、穂波がクスクスと笑い声を漏らした。
顔に泥をつけた幼馴染たちの姿。
「お前もな」
凱が笑い返し、湊と涼真も泥まみれの手で額の汗を拭った。
秋の冷たい風が吹き抜ける中、四人の笑い声が、開墾されたばかりの黒い土の上に温かく響き渡っていた。




