(417)女神像とその後
突然ボッシュ伯爵が訳の分からない賛辞を口にして退室するのを黙って見送ってしまった部屋の面々だが、最も早く我に返って思った事を口にしたのはタッシュだ。
「え?ジャッ君。ボッシュ伯爵は何を言っているのですか?私が語る女神様の素晴らしさを理解したのですかね?」
「いや・・・それだけは無いと思うが、ボッシュ伯爵も過去のタッシュ先生と同様に生まれ変わったのだろう。必要であれば何らかの助力を行う事になるのかもしれないな」
個人の見解だがロイも同じ考えでいる確信があってこう発言しているのだが、まさかコレがボッシュ伯爵を目にする最後の機会だとは誰も想像できなかった。
当然謹慎命令がある事から暫くは外に出る事が出来ずに身内としか会えない状況になっているのだが・・・魔力生成の道具が宣言通りに安価で販売が始まって国王の影が相当薄くなった頃、突然ボッシュ伯爵の息子であるボナンが学校を休んだ。
最近は本当に全員が生まれ変わっているので欠席ともなれば余程具合が悪いのか・・・と誰しもが気遣える環境になっているのだが、1組担当教官のモルダンが告げたのは誰も想像していないことだった。
「今日から暫くボナン君は登校できません。間もなく正式な発表が行われると思いますが、ボッシュ伯爵逝去により休暇となります」
生あるものは寿命を全うすると土に還るのは避けられない事実なのだが、まさかこれほど早く訃報が届く事になるとは想像もできなかったクラスの面々。
同時刻に他のクラスでも同じ情報が各教官から伝えられており、魔力分野のクラスに在籍しているミルバとロイ、そして教官のヨーレイは少し前に元気な姿を見せていたのに・・・と言う思いが捨てきれない。
誰も逃れる事が出来ない未来だが逆に言えば誰しもがそこに向かって必死に生きているとも言えるので、ロイとしては確かに少し前には元気だったし折角生まれ変わったのに・・・と言う気持ちがありながらも何かをするわけではない。
その日の夕方、いつも通りのメンバーがタッシュの私室に集合してボッシュ伯爵に関して話している。
「私としては色々と思う所があって、複雑な気持ちよ」
自分の立ち位置・・・ハルバン伯爵の手の者だと言う事実はダイヤジャックにしか伝えていないので曖昧な表現になってしまうパーミア。
最終的にはロイも耳に入っているが、秘匿したい希望があると聞いていることから知らない体でいる必要がある為に何も反応できない。
頭の回転が異常に早いので、不用意な発言で事実を知っている事を感づかれないようにする防御策だ。
「せ、折角これからと言う感じだったのに、ざ、残念です」
「私もあれ程変わった伯爵が今後国のためにどの様に動いてくれるのか、正直期待が大きかった分何とも言えない気持ちになるね」
「気持ちは分かりますが、もうどうしようもない事ですからね。ミルバ様もあまり深く考えると体調にも出てしまいますよ?そんなときにはコレです!どうですか?」
タッシュが懐から取り出したのは手のひらに収まるサイズのスペードクィーンの像だが、細かい部分を過剰に拡大しても粗がない程精巧にできている上に落下しようが踏みつけようが傷一つ付かない品に仕上がっている。
懐から大切に取り出したこの像を笑顔でミルバに見せつけているタッシュなので、誰しもが少々引いている。
「え、えっと・・・素晴らしいのは事実で疑いようはありませんけど、今は大丈夫です。是非ともタッシュ先生が独占して頂ければと思います」
誉め言葉を付ける事によって騒動にならないと自らも高速思考を持っているので無駄に能力を使用して回答しているミルバと、想定通りに嬉しそうに像を近くの机の上に置いて拝み倒しているタッシュ。
こうなると暫くタッシュは自らの世界に入って戻ってこないので、残された面々が魔力生成の道具について話し始める。
「一応想定通りの売れ方よ。供給が間に合わない不安があったけど初回だけ乗り切れば後は順次寿命が来た際に交換すれば良いから、ある程度余裕が出来るわね」
「そ、それにしても凄い道具です」
パーミアが言っている道具は魔力生成の道具の事を指しているわけでは無く、二次から四次練成まで自動で行える道具の事を指している。
「本当よね、ヨーちゃん。まさか何の変哲も無いこの箱が道具だなんて誰も思わないわよ」
本当に小物を入れる様な箱になっているので一見では相当価値ある道具とは全く判別できないし、更には教官三人の魔力を記憶させているので第三者が起動させる事は不可能だ。
「ジャッ君が言っていた通りに暫くは国から調査が入っている様だったけど、流石に隠してもいないこの箱が最も重要な品だとは思わなかった様ね」
現時点ではタッシュの部屋の机の上で筆記用具が綺麗に保管されている状態だが、いざ練成をする際には中身をどかして一次練成品を入れるだけで即完成品が生み出される。
「い、一次練成は継続して授業の課題に出来ているので、せ、精度に加えて数量も問題ないのが嬉しいですね」
「それもこれも時折完成品を報酬としているからよね。そのおかげで一般的な素材採取?冒険者の質も上がったって評判よ?」
「パーミア様・・・その件で少々お話ししたい事がありまして」
常にこの場にいるが滅多に口を開かないパーミアの助手になっているコームが話し始めたので、女神像を拝んでいるタッシュ以外の全員の視線が集中してしまう。
「確かにご指摘の通りに道具が利用しやすくなっているので採取できる品数や品種も増えておりますが、一方で身の丈を勘違いした結果なのか少々帰還率が悪化している様なのです」




