(390)別の人物が交渉
「どうするか・・・」
誰にも聞こえないように小声で呟いたゼシューは、目の前の獣人二人・・・一人は護衛らしいがもう一人の目的が明確になった状況で今後の動きを考える。
「素直にミルバの前に連れて行っても何も益はない。だが今であれば、何かしら上手い具合にこいつ等を利用できるはずだ。考えるんだ」
背後の騎士もゼシューの呟きは拾えずに一人何か思案しているように見えており、つまり目の前の獣人二人を無視しているように感じているところで反応がある。
「あの・・・今日はこれで失礼しますね。周囲の皆様にも不安を与えてしまっているようなので、また後日お伺いします」
サイレン迄鳴り響いた上に民の不安そうな視線が集中していることも理解しており、また前回調査に訪れた存在からもそのような情報を得ていたからか配慮するような言葉とともにゼシューの反応を待たずにさっさと撤収してしまう。
実は獣人族は人族とは異なる身体能力を持っており、ゼシューの不穏な呟きも余すことなく拾えていた為に対象者の名前を得られた事から一旦この場を離れていた。
調査に訪れていた獣人族もその身体能力を駆使して情報を集めており、入国していないのにミルバの痕跡を確実に見つけたと言っていた事やある程度広く伝わっている獣人族の特性を理解していればこの様に迂闊な呟きはしなかっただろう。
騎士やゼシューも突然二人が踵を返してあっという間に視界から消えてしまったために何もできず、少し呆然としてしまう。
「・・・これで一旦解決だ。余がしっかりと交渉したのだが、何やら今回は所用があって一旦戻るとのことだ。大した用件ではないが再び来るらしいので、次もしっかりと余が対応する。全く心配する要素はないから安心しろ!」
第三者の視線に対しては非常に敏感に反応できる部分があるゼシューなので、自らの功績を殊更主張して騎士を伴い王城に帰還していく。
「陛下。今回は女性二人で何やらミルバを探しに来たようです。もう少し詳細を聞こうとしましたが、ミルバと聞いて無意識に少々剣吞な雰囲気を出してしまった為に怯えさせてしまい撤収されてしまいましたので聞く事が出来ておりません。しかしミルバを再び探しに来ると明言していたため、再度現れるでしょう」
悪知恵は働くので自らの益になる方向で報告をしており、完全に嘘ではないので国王もゼシューの話しを信じている。
「フム・・・ミルバか。奴の周囲でここの所問題が多発しているな。そうは思わんか?」
「ご指摘の通りでございます、陛下。まるで問題を呼び寄せているかのようですが、これは当人のこれまでの行いに加えて資質もあるのでしょう」
目論見通りの流れになっているので、ミルバが不利になるように余計な言葉を付け加えながら瞬時に同意の意を示すゼシュー。
「して、その獣人どもは次回襲来時・・・ミルバを再度探しに来た際、仮に我が国に入国させた場合に何らかの問題が起きそうか?」
「逃げ足だけは早かったですがまったく脅威になり得ないこと、このゼシューが保証いたします」
逃走する姿を追い切れていなかった時点で手も足も出ない可能性が高いのだが、自分優位を疑えないゼシューは相変わらず無駄に自信満々だ。
「成程な、相分かった。その者どもは何故ミルバを探しているのだ?王族という地位の者を連れ去り、我が国に何等かの要求をするつもりではないのか?」
「その可能性は低いと思慮いたします。何やら旅の途中にミルバに救われたと言っておりましたので、そのお礼でも伝えようとしているのでしょう」
詳細を聞けなかったと言ったそばから詳細を告げているゼシュー。
「ハッ・・・ミルバ程度に救われるのであれば脅威になり得るわけがないな。だが王族として獣人族に恩を売った形なのは間違いない。例え形だけの王族であったとしても・・・だ。なれば、次に姿を見かけた際にはここに連れてくることを命じる。同時にミルバもだ。わかったな?」
「仰せのままに」
この流れで行けば最低でも獣人族に対して何らかの要求を突きつける事になるのだが、決してミルバの功績にならないことだけはこれまでの経験上間違いないので素直に従うゼシュー。
一方でゼシューの怪しい呟きを把握してしまった獣人の二人は一気に撤収しており、今は気配を消して森の中に潜んでいる。
「お嬢様。あの男は第二王子と言っておりましたので立場があることは明白。そのような存在があのような言葉を呟くとは・・・次は相当慎重に行動しなくてはなりません」
「確かにその通りですね。獣人と人族との触れ合いがなく相互理解がないことは知っていましたが、一人にお会いするだけでここまで労力を必要とするとは思ってもいませんでした。ですがあのお方のお名前を把握できたのは僥倖です」
―――ガサガサ―――
今後どのように動くのかを話し始めている時・・・当然周囲を警戒しながら非常に小声で話しているのだが、突如として聞こえてくる音に反応して黙ったうえで警戒態勢をとっている二人。
「自分はジャッ君という者だ。怪しい者ではないので安心してもらいたい。門での話しを聞かせてもらったのだが、おそらく二人が探している人物は同じクラスに通っているミルバ君で間違いないだろう」
獣人族二人で会話していた際も警戒はしていたのだが一切気配をつかめず、獣人族の特性である高い身体能力の一部の聴力によって歩行音が聞こえた直後に姿を見せた存在・・・つまり一気に相当近接されていた事実があるので、第三者の目がない森の中であることも踏まえると安心しろと言われて素直に安心できるわけがない。
少し前に交渉した人族の第二王子でさえ信頼できない存在であると認識した以上、同じ人族に見える存在を安易に信用するわけにはいかなかった。




