(375)混沌
隔離されているとは言っても目の前にスペードクィーンと黒い霧上の人型が存在している事は事実であり、戦闘が始まれば苛烈な攻撃の余波は受けないが視界に広がる究極の魔法を肌で感じて貴族令息程度では腰が抜けてしまうだろう。
スペートクィーン達がいなければ絶望的な状況なのだが自らの実力を過信している上に良い所を見せたいと邪な気持ちでいる令息達なので、子供の喧嘩が継続されている。
ついに各自が身に着けている護身用のお宝自慢が始まり、挙句の果てには一切反応を示していないスペードクィーンの逆鱗に触れる言葉を吐き捨てる者が出てしまう。
「有象無象が偉そうにほざくな!何度も言うが俺は公爵家嫡男だぞ?この場には貴族ですらない出自が不明な存在もいるが、俺にとってお前等はそのような得体の知れない不届き者と同列だ!理解したか?」
明言はしていないが明らかにロイに視線を向けており、背中を向けていてもその程度は分かってしまうスペードクィーンは黒い霧を完全に無視して突然振り向く。
「そこの貴方。念のために確認しますが、得体の知れない不届き者とは誰の事でしょうか?この私にも理解できるように具体的に教えて頂けますか?」
一応笑顔を維持しつつも怒りのオーラと共に額の青筋もこれ以上ない程に出ているが、残念ながら遥かに格上のジョーカーが作成した結界のおかげで公爵令息が把握できるのは額の青筋だけだ。
ジョーカーとしても怒り心頭ではあるが、ここで結界を外そうものならスペードクィーンが発する怒りのオーラだけで自信満々に自慢している道具の力などぶち抜いて致命傷を与えかねないと把握しているので、声だけは聞こえるようにしたが解除はしなかった。
「ロイ君とジャッ君。あれって拙くないかな?過去にジャッ君はスペードクィーンさんの事を自分よりも強い存在だと明言していたよね?」
「む・・・確かにそれは事実だな。故に自分では対処する事は不可能だぞ、ミルバ君!」
「!?・・・何を自信満々に情けない事を言っているのさ!あの・・・クラブクィーンさん?貴方であればこの状況を改善できますか?」
ロイはクィーンズとは直接的に関係の無い存在だと認識しているミルバなので、先の魔法行使からも同格であると理解したクラブクィーンに仲裁を願い出ている。
「ミルバ様。正直に申し上げてできなくはないですが、不要ではないでしょうか?良く言うではありませんか。獣が人を襲って味を占めると増長します。そうならない様に対処するには、人を襲うと危険であると認識させる必要があるのです」
突然訳の分からない説明が始まってしまい、キョトンとしているミルバ。
「つまりあの公爵家嫡男と自慢にもならない品々を偉そうに見せびらかしている無力な存在達は、自らが手を出してはいけない存在に対して手を出してしまったと身をもって知る必要があります。そうでなければ増長し、やがては今以上の被害を生み出す事でしょう」
理解できるところもあるが完全には理解できずにいる中で、同じ声だが発生個所が少し離れている・・・スペードクィーン達の声が聞こえる。
最早この場の面々は黒の存在を脅威に感じておらず・・・本来は驚異的な存在だが現実的にはスペードクィーンの力によって完全に拘束されている事に加えジョーカーの結界もあって脅威と感じる方が難しくなっている。
「言うまでもないだろう?この場に来ている中で貴族でないのはアイツだけだ。っと、貴方はあの男と纏めて登城したのでしたね。失礼しました。今後は貴方の立場に相応しい公爵家嫡男のこの・・・」
少々熱くなっていた中で目的の女性であるスペードクィーンを前にして冷静さを取り戻した公爵家嫡男だが、名乗る前に遮断される。
「はぁ。見た目も性格も実力も・・・三拍子揃って情けない貴方が何を言っているのですか?それ程道具だけが自慢なのでしたら、実際に通用するか試してみれば良いでしょう?」
「な、何?」
想像とは真逆以上の言葉を投げられてしまい一気に怒りで真っ赤になるが、スペードクィーンにとって一切脅威にはならないし配慮する必要も無いので事は進む。
ジョーカーはスペードクィーンの意図を酌んで結界の一部を解除する。
スペードクィーンであれば解除された場所は把握できるのでツカツカとそこから外に出るが、他の人々からは普通に公爵令息に近接しているだけに見える。
「それでは貴方の実力を見せてください!」
軽く背中を押す様に結界の中に押し込めると、万が一にもロイの前で殺人事件が起こってはならないと自らも内部に入って観察を始める。
「はっ。良いだろう!寧ろ丁度良い機会だ。この俺にかかれば得体の知れないあの存在も労せずに難なく対処できる事を証明してやろう!」
敵を前にしていそいそとポケットから道具を出している始末なので怒りよりも呆れが出ているスペードクィーンは、公爵家令息の準備が整うのを待って黒の存在の拘束を外す。
「準備が出来たようですね。敵を前にしているのに相当情けない状況と言えますが、これから拘束を外しますよ?精々一撃でやられない様に気合を入れてくださいね?」
「は?拘束・・・だと?」
まるで意識していなかった言葉が出てきたので、ここでも情けないが普通に質問のような言葉を投げてしまう。
「同じ言葉を二度言わせないでください。これから拘束を外します。貴方の本当の実力を見せる時ですよ?」
直後に公爵令息は黒の存在からの攻撃を受けて吹き飛ばされると意識を失い、結界に激突して地面に落下する。
「はぁ・・・死なない程度に敵の動きを制限したつもりですが、想像以上に情けないですね。自信満々に自慢していた道具も何の足しにもなっておりませんし・・・」
気絶してピクピクしている令息を見て首を振っているスペードクィーンは、ロイの為だけに致命傷になっていない事を確認していた。




