(373)被害がない?
突然制御が外れたタッシュ本体だが、本来の精神構造が再びタッシュの体とリンクするには若干時間が必要になる為にその場で倒れてしまう。
この程度は被害とも言えないので、クィーンズであれば本来余裕で対応できるのだがまるで興味なさそうに無様な姿勢になっているタッシュを一瞥した後に・・・鼻や耳から今尚出ている黒い霧の様なものに視線を移す。
「な・・・なんだ!なんだあれは!?道具が暴走して魔力が可視化しているのか?」
近くにいる国王ステヴァンが席から立ち上がり退避行動をとりつつ頓珍漢な推測を喚き散らしており、引きずられる様にボッシュ伯爵も慌てて壇上から降りているしミルバも自主避難してロイの近くに向かっている。
黒の存在は霧状のまま人型を形作り、タッシュを動かしていた際には制御に多少の負荷がかかっている状態であったが離脱出来た今では自由に行動できていた。
自らの推測が正しく本当に久しく人間を乗っ取れていなかったので技術が劣化したのかと思っていたのだが、実際にはジョーカーが顕現して詳細を把握し情報をクィーンズに伝え、その結果圧を解除する様に指示されていたからだ。
こうでもしなければ永遠に黒い存在はタッシュを乗っ取ったままなので穏便に解決する事は不可能であり、ロイの命令を遂行する為に久しく出番がなかったジョーカーも勝手に顕現して鑑定していた。
分離さえしてしまえば本来存在してはいない黒い霧程度がどうなろうが・・・周囲に被害がなければロイの命令を違えていないと認識しているので、即クラブクィーンとスペードクィーンが魔法の構築を行う。
構築と言っても瞬時にできてしまうのがカードの者達であり、その中でも突出した力を持つクィーンであれば息を吸うようにできるのだが・・・その力加減について、周囲の安全に配慮できているのかと言えばその限りでは無い。
ロイの安全だけは何を置いても確保する意識はあるが、そもそもロイの足元にスペードキングがいる以上は自分達の全力であったとしても全く問題ないと理解しているし、ミルバを含めた会場の面々はダイヤジャックが何とかするだろうと勝手に思っている。
保険としてジョーカーが顕現した事実を把握しているので、ダイヤジャックで対応しきれない部分はジョーカーが対応するだろうとの思いから迷いなく魔法をぶっ放す。
ダイヤジャックは二人のクィーンが魔法を構築した事実を把握して何とか止めようとするのだが、自らの力で二人の魔法を相殺する事など不可能なのでロイからの命令で中止を宣言させる他なく行動に移る為に口を開こうとした所で手遅れだと悟る。
幾らダイヤジャックが即座に対応しても命令を出すロイは普通の人なので、反応速度を考慮すれば完全に手遅れだと理解してしまう。
その結果、力の奔流を最も近くで感じているのは・・・黒い存在と不思議な格好で動けないまま壇上にいるタッシュの二人。
攻撃魔法が得意なクラブの部隊と暗殺が得意なスペード部隊のNo.2が二人揃って示し合わせた様に炎魔法を行使しており、黒い存在は全く反応できない内に炎が出現した事から反射的に離脱行動をとる。
「あら?思った以上にすばしっこいですね?クラブクィーン。申し訳ありませんがここは私に譲っていただけませんか?」
正直に言って全く全力ではないが初撃を完全に避けられるとは予想もしていなかったので、少々機嫌が悪くなっているスペードクィーンの口調は穏やかで笑顔ながらも額に青筋を立てている。
クラブクィーンも思う所は有るのだが、スペードクィーンは隊長でもあるスペードキングがこの場にいる為に実力を明確に示す必要があるのだろうと配慮したのか一歩引く。
「分かりました。では私は下がらせて頂きますね」
突然壇上に恐ろしい炎が立ち上って熱風が会場の机の上の品々を破壊していたのだが、人や建屋に関しては事前の予想通りにジョーカーが対応して事なきを得ている。
ロイはスペードキングだけではなくハートクィーンやダイヤジャックも近くにいるので万全の体勢で守護されており、同時にカードの者達が守護すべき存在と認識しているミルバやリンド子爵一家にも他の貴族達とは異なって過剰に防御体制を構築しているので破壊音すら聞こえていない。
残念ながら国王ステヴァンが無駄に準備した装飾品に関しては早くも大半が粉々になっているが、カードの者としてはあの程度の品であれば飾るだけ無駄であり・・・掃除をしてあげた程度の感覚なので全く罪悪感はない。
「これで周囲を気にせずに多少力を込めても問題ありませんね」
「ま、まて!どこが問題ないのだ!既にこれ以上ない程の被害が出ておるではないか!しっかりとその目を見開いて周囲を確認してみろ!」
折角大金を使って準備した装飾品や各種道具が無残な状態になっているので、黒い存在を目の前にしながらも訳の分からない言葉を垂れ流したスペードクィーンに思わず文句を言ってしまう国王ステヴァン。
スペードクィーンの言葉だけを聞けばそう思ってしまうのも仕方がないが、彼女の言葉の真意はジョーカーが黒い霧とスペードクィーンだけを隔離するかのような形で不可視の防御壁を構築したのを把握していたからだ。
「へ、陛下・・・何を言っても無駄のようです。こちらに避難をお願いします!あの怪しい霧も危険です!」
ボッシュ伯爵は現実逃避なのか目の前にいるスペードクィーンは相変わらず美しい所作と容姿であると思いながらも、一国の国王の言葉が間違いなく聞こえているはずなのに何も反応を示さずにいるので怪しい人型の霧の事もあって離脱を進言する。
バタバタと見苦しく震源地から遠ざかる二人は、少し戻ればタッシュを助け出して共に避難できる位置にいたのだがその素振りすらない。
「はぁ・・・ミルバ様が苦労されている事、あの姿を見るだけで把握できます。あのような存在に国を統治させては嫌でも先は見えてしまいますね」
離脱してロイの近くにいるクラブクィーンは同じく近くに避難してきたミルバを慰めているが、その内容は他の貴族に聞かれていれば間違いなく不敬罪で最悪の最後を迎える程の暴言だった。




