(372)焦り
名目上はパーティーなのでホールには穏やかな曲が生演奏で流れており、食事を楽しむ者やダンスを踊っている者もいる。
相当長時間クィーンズに意識を持っていかれた貴族達だが、流石に国王の前では普段通りに行う必要があると平静を装っている。
装っているだけでクィーンズに意識が向いてしまうのは仕方がないので、過去に類を見ない程に食事は零すしダンスは相方の足を踏みまくっている。
「ロイ様。少々宜しいでしょうか?」
ダイヤジャックの言葉を受けてタッシュを確認したクィーンズだが、聞いていた通りに異常である事が確認できたのかハートクィーンがそっとロイを出入口・・・壇上とは反対方向に軽く誘導しておりダイヤジャックも追随している。
ハートクィーンはロイの足元に自分よりも圧倒的に格上のスペードキングが控えている事を知っているが、それでもやはり異常な存在からはロイを遠ざけたかった。
「え?いい・・・けど。周りの人に影響がないようにしてほしかな。できるよね?」
ロイもダイヤジャックの話しは嫌でも耳に入るのでチラッとタッシュを見るが・・・特段何かを感じる事は無いながらもなんとか口の中の食事を飲み込んで反応する。
スペードキングからもタッシュに異常を感じていると報告を受けてしまったので、何をするにも被害を最小限に留めるように告げているつもりだ。
一方でダイヤジャックや女性三人が露骨に警戒している動きを見せているのを把握しているタッシュと黒い存在だが黒い存在の力をもってしても体が全く動かずに焦りが増すばかりで、タッシュ本来の精神は何もできないもどかしさと恐怖が襲い掛かっていた。
「はい。あの程度の雑魚であれば何も問題は有りません。スペードクィーンが対応する方向で宜しいでしょうか?」
「雑魚・・・えっと、あれはタッシュ先生でしょ?スペードクィーンが対応するのは過剰戦力じゃないかな?」
コソコソと話しているつもりのロイだが、そもそも足元のスペードキングが対処しているので近くにいる貴族達では何を話しているのかは分からない。
口元も視認し辛くしている程の念の入れようなので、仮に読唇術に長けた人物がいたとしても話しの内容は把握できないだろう。
クィーンズであればスペードキングが対策をしている事は理解できるので、ロイの事を普通に呼んでいるし会話に混ざるダイヤジャックも普段通りになっている。
「ご主人様。あの姿は確かに人に見えますが中身は人ではありません。人の体では制御できずに悪影響を及ぼすほどの魔力を内包しております。ダイヤジャックはあの人物の事を知っているでしょう?把握できていなかったのですか?」
「あまり深く観察はしておりませんが、一般の人と比較すると遥かに劣る魔力しか持っていませんでした。確かに今は人では扱えない魔力を内に隠しているようですが、その技術があったとは思えません。何らかの道具を使用している形跡もありませんし・・・」
道具に関しては幾ら格上クィーンとは言っても、専門であるダイヤ部隊に軍配が上がるので疑う余地はない。
「何がどうなっているのか俺には分からないけど、改めて・・・穏便にね?」
スペードキングの防音や誤認識の術の範囲外にいる二人のクィーンは、カードの者達を仲介してロイの命令が伝達されるとツカツカと壇上に向かっている。
嫌でも視線を集める存在なので誰しもが食事や踊りを止めて見つめており、ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか音楽は止まっている。
まるで相手にされずに突然訳の分からない行動を目の前でされたゼシューも何が起きたのか分からずに壇上に向かう二人のクィーンを黙って見つめており、ダイヤジャックのタッシュがおかしいと口にした言葉は聞こえていたので不思議そうにしている。
流石に自分の言葉を聞いて国王に挨拶をしに行ったと思う程バカではないので、タッシュを視界に入れつつ二人のクィーンも同時に見ていた。
「ゼシューの言葉を理解したのだな?余がその方等をしっかりと保護してやる。ところでもう一人はどうしたのだ?」
残念ながら国王は自らの庇護下に入る提言を受けたと信じて疑っていないので二人のクィーンに頓珍漢な言葉を投げかけているが、これまで同様に容赦なくいない者として扱われている。
「そこのタッシュと名乗っている方・・・確かに魔力や雰囲気、その体格から本人で間違いないのでしょうが、過去とは異なる人物のようですね?」
過去の雰囲気や体格についてはダイヤジャックやスペードキングからの情報を基に話しているのだが、言われているタッシュを乗っ取っている黒い存在としては何故!という思いしか出てこない。
「黙っていては何も解決しませんよ?貴方は何者ですか?明確な回答を頂けない場合、相応の措置を取りますので悪しからず」
瓜二つでドレスの色だけが異なる二人の存在に立て続けに言葉を投げかけられているのだが、反応しようにも本能が恐怖を感じている為にまるで動けない。
黒い存在は過去にこれほどの環境に陥った経験が無いので何故反応できないのか分からず、乗っ取りが不完全だったのかタッシュ本来の力で何かを阻害しているのかと明後日の方向で原因を断定してしまう。
こうなるとタッシュ本体から出なければ体が動かせない為に、精神体とも言える自らも同時に消去されかねないので離脱を決意して行動する。
離脱に関してはタッシュの体とのリンクを切るだけなので動きに制約がかかっておらず、ある意味魔法のように魔力を消費して発動する事が可能だ。
魔法は内包している魔力を使用する為に特段何かを厳密に制御する必要は無く、行動に制限が加わっている黒い存在でも難なく行使できる。
―――ドサッ―――




