(356)召喚
タッシュが紙の道具に魔力を流すと、紙からはどす黒い霧が発生し始めたので反射的に素材の山から距離を取って成り行きを見つめているタッシュ。
ここで扉から外に脱出しないのは、本当に偶然過去素材を収集していた際に見つけたこの紙に記載されている模様に関する研究を実施した際に、召喚された存在は高い確率で最初に視界に入った生物の配下となると理解していたからだ。
召喚時にどの様な現象が起きるのかは全く把握する事が出来なかったので、何らかの振動や騒音を聞いて覆面が扉を開けてしまっては制御権を奪われる可能性があると考えて自ら扉の近くに移動して開けられない様に抑えながら霧を見ている。
この品も太古の道具で間違いないと思っており、過去に希少な道具を開示しなくてはならない際に同じ希少レベルながらも効果が不明な道具・・・結果的に魔力を消失させる道具を公にしていたのは、この紙の道具の効果が黒い存在の召喚だったからだ。
「随分と時間がかかるな。素材が不足する事は無いと思うが・・・」
詳細を確認する程視界は開けていないが、紙から発生している霧は素材を吸収しているようで徐々に素材の数量が減少している。
やがて禍々しい模様の紙は球体になり、覆うように素材を吸収した黒い霧が集まるとその濃度を一気に上昇させている。
「いよいよか?」
間もなく召喚が成功すると信じて疑っていないタッシュは、ここで扉が開く事だけは絶対に防がなくてはならないのでドアノブを両手で押さえつけている。
「お前が俺を呼んだのか?」
ドアノブに神経を集中して視線が一瞬素材から外れてしまったのだが、この短い時間で召喚が成功したと把握して顔を声がした方向に向ける。
一見人のように見えなくも無いが霧が人型を形作っている存在がいたので、雰囲気からも間違いなく黒い存在であると確信したタッシュ。
顔らしき部位はあるが霧で構成されているので目がある訳でもなく、そもそも声もどのように発したのか分からないままだがそこは大して重要ではないので内心の緊張を表に出さない様にしながら話しを進めるタッシュ。
「そうだ。この私、タッシュがお前を召喚した。今後はこの私に従え!」
錬金に関しては絶対の自信を持ち、事実相当な実績を出して国民の生活を便利なものに変貌させていたタッシュだが、自らの理解の範疇を超える道具が存在する事もまた事実。
今回の紙の道具については模様に関する研究を行った結果何とか機能について把握する事が出来たのだが、召喚される存在が黒である事に加えて第三者に効果を確認させる事も出来ないので・・・機能に対して絶対の確信がなかった為にある意味封印していた。
そこを無視して道具を起動した為に緊張しているのだが、召喚が成功した事でこれから目的を達成する為に命令しようとした所で言葉を失う。
「従う?・・・この俺を従わせたければお前の力を示せ。俺が従うに相応しい存在である事を証明してみせろ!」
想像もしていなかった言葉が目の前の黒い存在から発せられたので驚いてしまうのだが、黙っていても事態は好転しないので唯一であり最大の力を提示する事にした。
「わ、私は道具の作成・・・この国で最も重要な錬金の能力を高いレベルで行使できる。この国では私の道具無しでは生活が成り立たない程だ!これこそが私の力、国の生活基盤を支えるほどの圧倒的な能力だ!」
国家運営に携わる人からしてみれば確かに応分の力と認識するのだろうが、目の前の黒い存在からしてみれば国の生活と言われても興味もないし知識も無いので首を傾ける。
「何が言いたいのか分からない。お前の強さはどれほどだ?提示できなければ、この俺自らが相手になって試してやるぞ?」
黒の存在が基準としている強さは物理的な強さ、戦闘能力の事を指しているので途端に雲行きが怪しくなる。
その後・・・小一時間が経過しただろうか、扉の前で待機している組織の男はあまりにも音沙汰がないので扉を開けて中を覗き込む。
何故か悪臭を発していた素材は消え去っているので恐る恐る口を覆っていた布を取ると、普通に息が吸える事に少しだけ喜びながらもタッシュに声をかける。
「依頼は成功と言う事で宜しいですか?」
「ん?あぁ、そうだな。コレが約束の報酬だ」
「確かに受け取りました。またのご利用をお待ちしております!」
覆面は報酬を確認するとこの建屋から出て行き、その後にタッシュも普通に自宅に戻っている。
「コレが召喚術者の部屋か。中々だな。折角この世界に必死ぶりに来たのだから、思う存分楽しませてもらおうか!」
眼鏡の奥に光っている目はタッシュを良く知る人物でも判別が出来ない程微小な範囲で真っ黒になっており、この言葉からもわかる通りにタッシュの自我は完全に封印されて黒い存在に乗っ取られている。
「この男の記憶によれば・・・相当面白い存在がいるのだな。ジャッ君か?楽しめそうだ。少なくともコイツの様に、訳の分からない強さを無駄に主張するだけではなさそうだからな!」
即座に行動するのではなくタッシュの記憶をしっかりと確認して状況を把握している黒の存在は、その作業が終わったのか家を後にする。
「折角だから他の連中も呼んだ方が良いだろうな。しかし面倒だ。コイツは魔力が碌に無いと知れ渡っているから、突然増加したら怪しまれる上に監視されてはたまらない。暫くは大人しくしつつも状況をしっかりと把握するべきだな」
こう言いながら向かった先は過去に錬金クラスが素材入手の為に訪れていたダンジョンであり、タッシュ一人では絶対に侵入できない速度でズンズンと奥に進んで行く。




