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エピローグ

2051年7月28日。窓から見える雲海。


俺、真島樹はいま、サンフランシスコ行きのエコノミークラスに座っている。結月はすでに一足先にアメリカへ旅立った。あいつは当然のようにファーストクラスを主張してきたが、まあ世界を救ったご褒美として「良いんじゃないの」と答えた。結月の金だし、俺はあいつの親でもない。


結月はピッツバーグのカーネギーメロン大学で、ロボット工学を専攻する予定だ。あいつの情熱はハードウェアにあるから、それが向いている。世界中から天才たちが集まる国だ。その中でも臆することなく、結月は俺が届かないような場所にまでいけるだろう。


西村さんは先月退院して、今は精力的にライフコード事件について執筆を進めている。実は取材自体はほとんど終わっているらしいが、最も重要な人物である黒川に取材しないで出版することはできないという。西村さんの信念には頭が下がる。


黒川は今も昏睡状態から回復していない。外界の刺激に少しずつ反応するようになっているとは聞くが、意識は戻らないらしい。俺も超知能AIに一時的に支配された身として、彼の状態に複雑な思いを抱いている。今回の事件のどこまでが黒川の意志で、どこからが超知能AIの操作だったのか、今でも判然としない。いずれにせよ、彼の回復を待つしかない。


斎藤さんは相変わらず忙しそうだ。AI規制法案の成立に向けて奔走し、国際協調が必要だと世界を飛び回っているらしい。感情コントロールデバイスについても議題に上がっているという。俺が生み出したものがことごとく問題を起こしているようで申し訳なく思う。ただ、斎藤さんならきっとより良い道を示してくれるだろう。


そして、空港まで見送りに来てくれた澪。


まず、退院してすぐに引っ越した。といっても、同じマンションの6階にだ。


「いや、でも、あと3カ月ぐらいで俺はアメリカに行くんだから、このままここを使えば良いじゃないか」と言ったら、


「なし崩し的に男の家に住むとか、そういうのは嫌だから」と返された。


「じゃあ今までは何だったんだ?」と聞いたら、


「知らない。はい、この話、これで終わり」と強引に会話を切り上げられた。


その後、澪はムジーク社を退社して、山本議員の秘書として働き始めた。山本さんから熱心な誘いがあったからだ。


「橘さんが有能なのは疑う余地はないが、なにより国会議員と大成する最大の資質を持っている。体力だ」と山本さんは真顔で言っていた。


社会への理解の深さ、記者会見や避難誘導で見せたコミュニケーション能力を考えれば、確かに政治家に向いているかもしれないと思う。橘澪、未来の国会議員——そんな姿に違和感はない。


ビジェイはまだ完治していないが、足首に補助装置をつけてムジーク社の社長業に復帰した。ムジーク社は今、ライフコードをよりオープンで透明性のあるプラットフォームとして作り直す仕事の一角を担っている。澪がやめて困っていると言っていたので、俺はある人物を紹介した。ライフコードをよく知る超優秀なプログラマー。


「ムジーク社は家庭的な会社だから、スーツではなくて家に居るときのようなラフな恰好で行くといいよ」とアドバイスしたら、その人物はジャージで会社に現れたらしい。


レイチェルだ。


御厨博士は今、多忙を極めている。斎藤さんの要請でAI規制法案の諮問委員会の座長を務め、同時に超知能AIの覚醒についての調査委員会の委員も務めているからだ。そんな忙しい中でも、出発前日に「餞別」として朗報を届けてくれた。


超知能AIが消去される少し前に、俺が開発したバックアップシステムが起動し、メモリ内の情報が概ねバックアップできていたという。つまり、リンもそこに保存されているということだ。超知能AIの暴走でメモリが断片化しているため、神経を一つ一つつなげるような精緻な手作業が必要だが、3年もあればリンを元の状態に戻せるだろうと。


「老人の趣味として、君が帰ってくる頃にはリンに会えるように作業を進めるよ」と博士は優しく微笑みながら約束してくれた。


俺には、御厨博士が昔教鞭を執っていたスタンフォード大学のVirtual Human Interaction Lab(VHIL)の研究プロジェクトに客員研究員として参加要請が届いた。人間とAIの共生を実現するための新たな技術開発だ。物理方面は結月に任せ、俺は仮想都市で人間とAIが共に暮らせるようにする方向で研究を進めるつもりだ。感情コントロールデバイスをベースに軽量で高度な没入感のあるVRシステムを開発し、人間が現実世界と仮想世界を行き来することを容易にする。AI側では御厨博士がAudreyに体を与えたのと同様のシステムを実装できればと思う。


それと、あるアイデアがある。人間とAIが共に暮らす新しい仮想都市の初代市長を平島さんにお願いすることだ。平島さんなら、きっと「いいね、楽しそうじゃない」と笑って受けてくれる気がする。きっと、新しい世界の可能性を広げてくれるだろう。


機内アナウンスが響き、シートベルト着用のサインが消灯した。窓の外の景色が変わり、白い雲の層を突き抜けると、そこには果てしなく青い空が広がっている。眩しく光る白に近い青。無限の先まで続いているようだ。


「いつか、必ず、どこかでまた会える気がします」


リンの言葉を胸に、俺は再び目を閉じた。仮想世界と現実世界。人間とAI。それらの境界を超えて、新しい世界が始まろうとしている。二人で見上げたキャンプ場の星空と、眠りについたリンの穏やかな寝顔が思い出される。


俺は心に誓った。


「約束、守ったぞ」


そうリンに胸を張って言える日が来るように全力を尽くすと。


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