第三ノ弐話 「白祇祭り」
「白祇祭りは、平安期からの祭りです」
一条さんは、ゆっくりと話し始めた。
「起源は、長保年間、と伝わっています。当時、京で疫病が流行り、多くの人が亡くなりました。そのとき、北の山から、白い牛が一頭、町に降りてきた、という言い伝えがあります」
「山から、ですか」
「ええ。誰も、その牛をどこから来たのか、知りませんでした。ただ、牛が町を歩いた道筋では、疫病が治まった、と」
「疫病が、治まった」
「そう伝えられています。それ以来、その牛は、ギオン様の使いである、と人々が信じるようになりました。そして、その牛を模した白い牛が、毎年、夏の盛りに、町を練り歩く。これが、白祇祭りの始まりだとされています」
一条さんの口調は、慣れていた。
何度も語ってきた話なのだろう。
「毎年の御丑様は、どうやって選ばれるんですか」
「私たちが選んでるわけではないんです。先程もお伝えしましたが現れるんです。」
「現れるというのは」
「安全性の問題から場所やタイミングはお伝えできませんが、文字通り、あるタイミングでふっとその場に現れます。」
「御丑様が」
「はい。ギオン様の使わされた御丑様が現れるんです。」
「いきなり現れると失礼ですが、暴れたりはしないんでしょうか?」
「おもしろいことをお聞きになりますね。大丈夫なんですよ。御丑様は人の言葉がわかりますから」
「言葉がわかるんですか?」
「はい、そうなんですよ。ただし、お告げをいただいた巫女さんの指示にしか従いません」
一条さんは、それを、淡々と言った。
ギオン様が選ぶ、ということを、事実として語っていた。
俺は、ノートに、それを書きとめた。
ギオン様が選ぶ。神が、選ぶ。
当たり前のことだ、と頭の中で言いかけて、止めた。
当たり前ではない、と思いそうになる自分が、東都の人間だった。
京では、当たり前なのだ。俺が、東都の感覚で「当たり前ではない」と感じるほうが、ずれている。
「選ばれた巫女さんというと」
「巫女さんにギオン様から直接お告げがあるとのことです。私は受けたことがないのでどんなものかはあまりわかりません」
「そうなんですか」
「あまり、馴染みがないでしょう」
「いえ、そんな、失礼しました」
「お気になさらず」
一条さんはまた、柔らかく笑った。
「巫女さんはどのような方なのでしょうか」
「今回は神野詠子という方です、先祖代々巫女の家系なんですよ」
「代々、続いている、と」
「ええ。16代目です。今年で」
「16代」
「ギオン様の声を聞ける家系は、京の中で、いくつか限られています。神野家は、その中でも、一番古いお家のひとつです」
16代続く巫女の家系。ギオン様の声を聞ける、限られた人々。
俺は、その話を書きとめながら、ある種の重さを感じた。
「神野さんに、お話、伺うことは」
「お祭りのあと、お時間が取れるか、聞いてみましょう。今は、ご準備で、お忙しいかと」
「お願いします」
一条さんとの話は、それから、一時間近く続いた。
白祇祭りの起源、祭りの流れ、御丑様の世話の仕方、ギオン様への祝詞、町の人々の関わり方。
一条さんは、すべてを、丁寧に話してくれた。
話の途中で、何度か、「フォッサマグナ陥没事件のとき」という言葉が出ていた。
「陥没事件のとき、京の北の外れは、被害がなかった、と伝わっています」
「ええ」
「京の中心地は、揺れもありましたし、行方不明者も出ました。けれど、白祇神社の周辺だけは、揺れもほとんどなく、不明者もゼロでした」
「それは、何か理由が」
「地元の人は、ギオン様がお守りくださった、と申します」
「学術的には」
「わかりません。地盤の問題、と言う方もいらっしゃいますが、地盤だけで説明できる範囲を超えている、とも聞きます」
一条さんは、それを、慎重に言った。自分が信じていることと、学術的なこととを、慎重に分けて話す人だった。
部長の故郷も、ここなのだ。
部長の両親は、たぶん、陥没事件のとき、ここで無事だった。
そして、その後の寿命を、ここで全うした。
部長が「こんな世の中で寿命全うできた」と言うのは、こういうことだったのか
——初めて、少しだけ部長のことがわかった気がした。




