目を開けてはいけない
びちゃ、と飛沫がそこら中に飛び散る。
頬を伝う雫の感触が、やけに鮮明で来縁はゆっくりと目を開けた。
「生温い……雨…………?」
頭上から絶えず雫が滴り落ちてくる。
その雫が目に入らないように目を細めて、上を向こうとした。
「そっちを向くな」
奏での小さな囁きのような声が、耳元で聞こえる。
びくり、と来縁は肩が震えて視線を落とした。
「目を閉じていろ」
あまりにも厳しい、有無を言わせない冷たい声に来縁は頷くしか出来なかった。
来縁は、この光景をみるな、と言いたいのだと気がついていた。
後ろで何が起こっているのか、理解したら日常に戻れなくなるかもしれない。
ぎゅ、と固く来縁は目を閉じる。
「それでいい、動くなよ」
奏がそう言うと、温もりが離れていく。
来縁は自分自身の身体を抱きしめる。奏の温もりを、離さないように。
(怖い……怖い……)
後ろで奏が動く気配がしている。
ぐしゃ、となにかが潰れて弾ける音。水をぶち撒けたような飛沫の音。
感じられないのは、鬼の成れの果ての気配だけだ。
それは直ぐに止んで、奏の近づいてくる足音がすぐそこに聞こえる。
「立てるか」
うん、と言う声さえも出なかった。
代わりに来縁は小さく頷くと、分かった、と奏が抑揚のない声で言った。
急に、腕を引っ張られて来縁はよろめく。
奏からもう一度目を開けるなと厳しく言い聞かせられた。
ずんずん、と奏に腕を引っ張られながら真っ暗闇を歩く。どこを歩いているのか、見当もつかない。
ぬかるむ足元は恐らく、土の上を歩いている。
さやさわと、何事もなかったかのように風が木々を揺らしてた。
少しずつ、体が冷えてくる。
それは濡れた体のせいなのか、恐怖からなのか来縁はもう分からなかった。
やがて、水のせせらぎが聞こえてきた。
ゆっくりそっちへ近づいたのだろう、足元に水の流れを感じた。
冷たい、冷たいけれど全てが消えていく気がする。
しばらくすると、ばしゃと頭から水をかけられた。
「うぅ……寒い」
「文句を言うな」
奏は来縁の泣き言に耳を貸さず、水を容赦なくかける。
体にまとわりつくものが洗い流され、消えていく気がした。




