成れの果て
魚の腐ったような鼻の付く匂い。背後から感じる禍々しい気配。
背中に冷や汗が流れ、気持ち悪さに震える。
恐る恐る振り返ると、赤い目がぎょろり、と光る。
まるで来縁を食い尽くさんと、視界が真っ赤に染まる。
(息が……出来ない)
ぎりぎり、と首が嫌な音を立てる。首に巻き付いたそれを引き千切ろうと、爪を立てた。
けれど、束になった髪はびくともしない。
「たすけ……て」
もう、来縁の力では抜け出せなかった。
「来縁を……離せ……!」
息苦しさ遠のく耳に、奏の叫び声が聞こえた。
ぎゃっ、と汚い悲鳴と匂いが遠くなる。
まるで水から引き上げられたように、来縁は大きく息を吸い込んだ。激しい咳でチカチカと眼がくらんだ。
「大丈夫か、しっかりしろ」
整わない呼吸でも、来縁は強く頷く。
首にはまだ髪が巻き付いていた感触が残る。それがあまりにも気持ち悪い。掻きむしりたい衝動をなんとか抑え、後ろを振り返った。
「なに……あれ……」
美しい花畑に不釣り合いな黒い人形を包むように、長い髪がうねる。二つのビー玉のような赤い目に、来縁は動けなくなった。
「あれは、鬼の成れの果てだ」
奏は来縁のつぶやきのような問いにそう答えた。
「来るぞ……!」
声を上げるまもなく、来縁の体は後方へ吹き飛ばされる。
激しい羽音のような音と、空が焦げる匂い。
背中に回されている、大きな手の感触。
地面に叩きつけられた来縁は慌てて起き上がった。
「だ、大丈夫!? …………って、背中…………!」
下敷きになっていた奏の背中から鮮血が流れる
おびただしいほどの鮮血が、地面を濡らしていた。
来縁の両手も、奏の血でベッタリと赤く染まっていた。
「ど…………どうした……ら…………!」
こんな血の量を見たことなかった。素人でも本能的に分かる、危機に来縁は両手で傷口を押さえた。
「と、止まって…………!」
ぐったりとして、眼を開けない奏の頬に来縁の汗が落ちる。
押さえた指の間から、容赦なく生暖かい血がこぼれた。
「奏、お願い、起きて! 奏…………!」
ぐおお、と鬼の成れの果ての叫び声に、来縁はすぐそこまで気づかなかった。鬼の成れの果てが髪を振り乱して、地面を強く蹴る。鷹のように鋭く尖った爪が、空を切る。血に染まった白い歯が弧を描いた。
(誰か………………!)
もうだめだと来縁は、奏に覆いかぶさった。
きっと今度は首を絞められるだけじゃ済まない。
けれど、奏だけは守りたかった。




