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鬼さんこちら、手のなる方へ


すでに老人の声が聞こえないほど、来縁は全速で走った。それでもまだ耳には老人の声が張り付いて、あまりの気持ち悪さに耳をふさぐ。


生きている人間に、念仏を唱えるなんてと来縁は信じられない気持ちでいっぱいだった。


風の音も、虫の声も、すべて聞こえない。ただ、自分の鼓動の音が聞こえて少しだけ気持ちが落ち着いてきた。


「はぁ…………」


息を大きく吐くと、やっと肩の力が抜ける。来縁はそっと視線を上げた。


「あれ…………?」


視界の隅に入った鮮やかな(あか)に、目を奪われる。

小高い丘のような森の入口に、立派な鳥居が建って言葉を失う。そこから奥へと石畳の階段が続き、先が見えなくて気になる。

こんなにも立派な鳥居なのだから、社も立派なのだろう。


けれど、苔が生えた石畳からは、長年誰も通っていなかったことがうかがえる。

ここに訪れる人はいないのだろうか。


「なんだろう、なんか……懐かしい気がする」


鳥居を見上げながら、そう思った。

初めて来た場所のはずなのに、やっとここに来れた、恋しかった、と不思議な感覚に襲われる。


まるで自分は、ここにずっと前から(......)来たかった(.....)


自然と足は、鳥居へと向かう。


──こっち、よ。


「…………!」


一歩鳥居をくぐった瞬間、心地よい風が来縁の髪を撫でた。その声はぴんと張り詰めた空気の中に、淀みのなく響く。

その声は、聞き間違えることのない、また聞きたいと願ってやまない声。


「おか、あさん…………?」


間違いない、母の声だ。瞬間、体から抜け出るように、来縁の意識が遠のく。

体と心が分離され、意識は水の中を揺蕩うかのようだ。


感覚が鈍る。

指先すらも自分のではないそんな感覚。

それでも、意識は先へと導くように鋭かった。


「…………今行くよ……」


来縁は、その声に誘われるまま確かな足取りで階段を登る。

来縁の心がこっちだと、前へ進ませる。


「鬼さんこちら、手のなる方へ」


まるで何かを呼び寄せるかのように、来縁の口が勝手に言葉を紡ぐ。

階段の終わりが見え始め、やがて来縁は最後の一段を登りきった。


その時だった。


「お前、誰だ? 何しにここに来た」


「…………あなた、は」


声の方向に振り返ると、滲む視界に人影が揺れていた。ふ、と来縁の体から力が抜ける。

操っていた何かが来縁の中から抜け出たような感覚に、肌が泡立つ。


遠くに感じていた感覚が戻って来ても、自力で立てない。

近くなる地面に覚悟を決めた。

その時、不意に伸びてきた腕に支えられる。


「おい、大丈夫……か…………!?」


はぁはぁ、と荒い来縁自身の息遣いがやけに耳につく。

来縁は息を整えながらすぐ隣りにいる人に目を向けた。





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