縄の先
「俺は、この先に行けない」
ぽつり、と奏が言葉をこぼす。
奏の中でこの先で何が起こるのか。痛いほど理解しているふうに見える。
足が震えている奏に、来縁はどうして、と優しく問いかけた。
「俺はその縄の先に行けないんだ。何があっても……」
奏は意を決したように縄に近づく。ゆっくりと、右手を上げると縄の向こうへ手を伸ばした。
バチン、と雷が落ちるような音と閃光が走った。目が眩むような光に、来縁の視界は真っ白に焼け焦げる。
「な、何今の……」
だんだんと色を取り戻した視界に、来縁はただ呆然とした。
「これが出れない理由だよ。これは俺を森から出さないための結界だから」
引っ込めた奏の右手から、煙が上がっていた。火に焼かれたように、皮膚が赤く爛れ痛々しい。
もし、体ごと縄の外へ行っていたら全身が焼ける。
その痛さを想像して、来縁の体が震えた。
「でもなんで……こんな閉じ込めるようなこと」
「それは……俺が……鬼だからだ」
「……奏、が……?」
さっき、襲ってきた鬼と同類。
まさか、と来縁は奏をまっすぐ見つめる。人と変わらない容姿。それに禍々しい赤い目もしていない。
「鬼である俺は、この結界に弾かれて外には出られない。ずっと前からそうだ」
踵を返し、去っていこうとする奏の背に叫ぶ。
このままじゃ、奏がいなくなってしまう。それは、嫌だ。
「待って」
──待って!
来縁の内側から湧き上がる叫び。
その声が、自分じゃない誰かと重なる。
ふわ、とこだまする声が今も来縁の頭に響いた。
──行ってはだめ。今度は……私も一緒にいられるから……。
やっぱり、懐かしい母の声がする。
奏を引き止めるように、すがる。
(あぁ、そうか……この人のものだったんだ)
懐かしさも、愛しさも、泣きたい程会いたかった気持ちも全部、この人のものだったんだ。
すとん、と落ちてくるこの声に来縁は胸を押さえた。
「大丈夫、私といれば外に出られる」
「……嘘だ」
信じるものか、と奏は首を振った。
「嘘じゃない。必ずここを出られる」
今も来縁の中で聞こえている声に、目を閉じて耳を澄ませる。
一緒にいたい、だから大丈夫、と。
だから。
「一緒に行こう」
来縁は静かに奏に手を差し伸べた。
その手を取って、一歩踏み出してほしかったから。




