初めての感情
翌日、約束通りリストランテにより囚われていた元ベルドルアの城内の者達が解放された
王宮に勤めていた者たちがサーシャとの再会に涙を流して喜んでいる者もいた。
「姫様、よくぞ、よくぞご無事で……」
「リサ、貴方も無事でよかったわ」
サーシャに抱きつき大粒の涙を流しているのはリサというメイドだ、
栗色の髪に大きな目、そばかすが特徴的な可愛らしい少女である。
リサはサーシャの幼い頃からお付きの者として使えており二人は姉妹のように育っていた、サーシャも久々の再会に涙を浮かべている。
「姫様、姫様……」
サーシャに抱きつきながら泣きじゃくるリサとその頭を優しく撫でるサーシャ
そんな光景をアルはただジッと見つめていた。そのアルの視線に気がついたのかリサがふとアルの方を見た。
「姫様、この方はどなたですか?」
「そういえばまだ紹介していなかったわね、彼は私が国を出てからずっと私を守ってくれたアルよ」
何気なく紹介されたアルだったが特に何のリアクションをする事もなく不思議そうにジッとリサを見つめている。
「そ、そうですか、それは大変ありがとうございました。
初めまして私は長年サーシャ様のお付きをさせてもらっております、リサ・クーデルベルグと申します、よろしくお見知り置きを」
両手でスカートをつまみ礼儀正しく頭を下げるリサ、それとは対照的にアルは直立不動のままぶっきらぼうに言葉を返した。
「アルフレッド・バーキュリーだ」
だがその瞬間、リサの顔から血の気が引き、腰が抜けたかのようにペタンとその場にへたり込んだ。
「ア、ア、アルフレッド・バーキュリー⁉︎我が国を滅ぼしたリストランテの悪魔がどうしてここに……」
ガチガチと歯を鳴らして怯えるリサ、床にへたり込みながら蛇に睨まれたカエルの如くアルを見上げながら動けないでいた。
「違うのよ、リサ、話を聞いて……」
サーシャは怯えるリサにこれまでの経緯を必死で説明する
そしてアルがなぜ自分に味方してくれる気になったかも丁寧に話した。
「そうだったのですか、何も知らなかったとはいえ失礼をいたしました、アル様」
丁寧に頭を下げるリサだったがアルは相変わらずのそっけない態度で返事をする。
「別に気にしていない、それに俺がお前らの国を滅ぼしたのは事実だからな
恨まれるのは当然だろう、それとそのアル様というのは止めろ」
それからサーシャはアルの生い立ちやこれまでの人生
そして祖父であるフリードリヒに裏切られたことをリサに説明するとリサの大きな瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「どうしてお前が泣くのだよ?」
「だって……そんな辛い人生を送ってきたのに、アル様は……」
リサが自分の為に泣いてくれるという行為が理解できないアルはどうしていいのかわからず戸惑ってしまう。
「だ、だからそのアル様というのを止めろと言っているだろう、それに泣くな」
「だって、だって……」
泣いているリサを前に困惑するアル、サーシャはそんな光景を微笑ましく見ていた。
「クスッ、相変わらずリサは泣き虫ね、それとアル、女の子には優しく接しなさい」
「別に厳しく接した覚えはないが……」
どうしていいのかわからず頭をかいているアルの姿を見たリサは一大決心をするかの如く語りかけた。
「これからは私もアル様の味方です、私にできる事であれば何でも言ってください」
目を輝かせて訴えかけてくるリサを前にしてアルは喜びというより少し困っている様子であった。
「ちょっとリサ、女の子が軽々しく〈何でも〉とか言ってはダメよ」
サーシャの優しく諭すような忠告を受け、リサの顔がみるみる赤くなっていく。
「いやその……私はそんなつもりで言ったのでは……」
そんなリサの反応に思わず心が和む、周りの人間も思わずほっこりとしてしまう。
フリードリヒとの会談以降食事も喉に通らない状態だったサーシャにとって久々に心温まる出来事であった。
サーシャとの再会を喜び、気持ちを一旦落ち着かせたリサは仕切り直すように姿勢を正すと真剣な表情でサーシャの目を見る。
「姫様、 陛下からの伝言です」
その瞬間、今まで和やかだった空気が一変し皆に緊張感が走る
一週間後には処刑される父からの伝言とあってサーシャの表情も真剣なものへと変わった。
「陛下はこうおっしゃっていました
〈私の事は気にしなくても良い、お前の思い通りに行動しなさい。世界の誰よりもお前を愛している〉と」
王から姫へというより父から娘に向けての言葉のように思えた
長年ベルドルアに使えてきたもの達は思わず目頭を押さえ涙を流している
伝言を聞いたリサも表情と態度は崩さないが思いを押し殺すようにスカートを強く握りしめており、その手は小刻みに震えていた。
「そうですか……わかりました、皆も疲れている事でしょう、今日はゆっくりと休んでください
私も昨日はあまり寝ていないので少し休みます」
サーシャはそう言ってクルリと背中を向けるとその場を後にする
周りの人間達はサーシャの思いの外薄いリアクションに何か物足りなさを感じてはいたが
父である王の意志を継ぐという意味において、少しも動揺することもなく毅然とした態度に感服していた。
部屋の前まで付いてきていたアルとリサに微笑みかけるサーシャ。
「二人とも休んで、私は大丈夫だから」
心配そうに見つめるリサを気遣うように優しく伝えるサーシャ。
「姫様、本当に大丈夫ですか?」
「ええ、心配いらないわ、ありがとうリサ」
微笑みながら優しくそう話すとサーシャは自分の部屋へと入って行った
閉められた扉を前にアルとリサは横並びのまま話し始める。
「姫様、思ったより元気そう……ですね」
「ああ、父親が処刑されるというのにたいしたものだ」
二人はサーシャを部屋に送った後、その場を離れるように歩き始めたその時である
突然アルの表情が険しいものへと変わり足を止めたのである。
「どうかなされたのですか、アル様?」
不思議そうに尋ねるリサだったがアルはすぐには答えなかった
アルは生まれる際に肉体的な強化に伴い聴力も大幅に強化されている為
その気になれば1キロ先の物音ですら聞き分けることができる
だからリサが気づかなかった音も聞き取ることができたのだ。
それは部屋の中で声を殺して泣いているサーシャの声であった
おそらくは外にいる二人に聞こえないよう枕に顔を埋めて泣いているのだろう
必死に声を殺しながら号泣するサーシャの声を聞いてアルの心は激しく揺れた
胸の奥から込み上げてくるマグマのような熱い思い
今までどんな大軍を前にしても冷静沈着だったアルにとって味わったことのない感情であった
やり切れない悔しさと込み上げてくる怒り、気が変になりそうなほどのあふれてくる感情に居ても立っても居られないもどかしさ
何かにぶつけないと爆発してしまいそうな初めての激情に自分自身でも驚いていた。
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